番組ディレクターの狙い
彼に会って番組への思いを聞き、テレビの現場から離れていた私のこころに、忘れかけていたメディア人としての熱い気持ちが蘇った。
「声をあげるべきだ」そして、「ぜひ協力したい」と思った。
中川氏から聞いた番組の狙いは、以下の2つだった。
① ジャニー氏とメリー氏の実像に迫る番組を作りたい……これまではどちらかというと被害者側、彼らのおこなったことに対しての検証がなされてきたが、彼らの本当の姿を描いたものはない。今回はそういうテーマでいきたいと考えている。
② インタビューで構成するドキュメンタリーにしたい……周りの推測や検証だとどうしても事実が見えてこない。一方、彼らや当時のことを知るNHK上層部の証言は信憑性がある。視聴者も納得感を抱くだろう。なるべく多くの人に話を聞いて、それを敷き詰めるような番組構成にしたい。
私は中川氏の話を聞いて、実現できるならおもしろいと感じた。私もその一翼を担いたいと思った。しかし、残念ながら実際の番組はそうはならなかった。
番組の初盤や前半のアメリカ取材の部分はなかなか見ごたえがあった。ジャニー氏やメリー氏がアメリカに住んでいたころを知る人々を探し出し、交渉するのは大変だっただろう。その成果は充分にあった。
「姉のメリー氏が昔から弟のジャニー氏を何かにつけて庇っていた」という証言は、旧Jの「二頭体制」をよくあらわしているエピソードだった。
前半と後半で全く違う番組に…
しかし、後半はそれまでの意気込みを忘れてしまったかのような内容になっていた。前後で全然違う番組かと思えるほどだった。
中川氏は「インタビューで構成するドキュメンタリーにしたい」と語ったが、しっかりと話を聞いて実際に放送されたのは数えるほどしかいなかった。旧Jのマネジメント業務を引き継いだスタートエンターテイメント社の顧問である元NHK理事・若泉久朗氏への突撃取材はインタビューと言えない代物で、ワイドショーさながらである。私の話したことが随所に散りばめられ、さも私の話で番組を進めているかのような構成だった。
繰り返しになるが、彼らはよく頑張った。今回の番組はNHKでなければ放送することはできなかった。それは、昨年9月のジャニーズ事務所の記者会見以降、民放各局は短い検証番組をやっただけで、NHKのような追跡番組をおこなっていないからだ。そして「偉業」とも言えるこの離れ業をやってのけられたのは、中川氏が「NHK途中入社組」であったからだと指摘したい。
私はテレビ東京に37年間在籍した。それだけ長くいると組織が何を考えているのか、どういう企画を提案したら通って、どんなことに対して異議を唱えるのかが何となくわかってくる。そのことで逆に「リミッター」がかかることもある。
「この企画は無理だろうな」といったことが提案する前からわかってしまうといったように、「自己規制」がかかるのだ。同じように、中川氏がNHK上層部の過剰な反応や反発を予測していれば、制作に踏み切るのを躊躇していたかもしれない。