この習慣が身についたのは、若いころの実体験があるからです。広島支社に赴任していた30歳前後のころ、私が提出した出張報告を、支社長が赤鉛筆で花マルをつけて返してくれたことがありました。当時の支社は約100人で、支社長が若手の出張報告にいちいち目を通せる規模ではありません。にもかかわらず、支社長は直筆の花マルをくれたのです。

広島支社から東京本社に戻ることになったときにも忘れ難い思い出があります。自分の荷物を東京に送り、広島駅の近くのホテルに泊まって、いよいよ明日は新幹線に乗るという夜、ホテルに一本の電話がありました。受話器に耳を傾けると、声の主は支社長です。「久代君とはもう少し仕事をしたかった。また一緒に仕事をしよう」と言われて、思わず私もグッときました。

花マル評価や惜別の辞は、当時の私にとって身に余る光栄でした。ただ、極端なことを言えば、バツ印の評価や軽口程度の挨拶でも構わなかった。私を勇気づけてくれたのは、偉い人がきちんと自分を見てくれているという事実。上司が自分に関心を払っているというだけで、十分に嬉しかったのです。

相手から関心を示されて嬉しいのは誰でも同じです。気配りにも、いろいろなテクニックがあるのかもしれませんが、無理に繕えば嫌みなだけ。相手に関心を持っていれば、自然な振る舞いとして気持ちが伝わり、よい関係へと発展していくはずです。

※すべて雑誌掲載当時

マルハニチロホールディングス社長 久代敏男
1947年、島根県生まれ。71年中央大学法学部卒業後、大洋漁業(現マルハニチロ水産)入社。2003年6月マルハ取締役。副社長などを経て、10年4月、社長に就任。子供の頃は、島根の自然のなかで「チャンバラごっこばかりしていた」。会社に入っても、若い頃は「生意気だった」が、「お年寄りには可愛がられた」と振り返る。
(村上 敬=構成 川井 聡=撮影)
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