「五輪選手の発信」に目を向けてみる

私は五輪の開催に反対の立場だが、かといって五輪を全く見ないわけではない。五輪反対論者の立場から、この度のパリ五輪をどのように観ればよいのかをずっと考え続けてきた。積極的に観戦すれば「スポーツウォッシング」に加担することになるし、かといって一切の情報を絶って観戦しないのは、五輪を批判するスポーツ研究者としてあるまじき行為である。つまり、五輪反対論者かつスポーツ研究者の私にとっては、「どのように観るか」が切実な課題だ。

また、遠く離れた異国の地での開催という問題も立ちはだかる。自国開催だった東京2020大会では、私たちが住むこの国を、この社会を健全に保つためにという切り口で発言できたが、パリ五輪ではそうはいかない。異国の地で行われる五輪に当事者ではない立場から物申すには、五輪そのものの構造的な欠陥をより本質的に批判する以外にない。社会に及ぼす悪影響を、直接的に害を被らない第三者の立場から冷静に語らねばなるまい。

そう考えて辿り着いたのが、「アスリート・アクティビズムに目を向けること」だった。

EUROでムバッペが「選挙はサッカーの試合より大事」

パリ五輪が開幕する直前、サッカーの欧州選手権の初戦を翌日に控えた6月16日の会見で、フランス代表のキリアン・ムバッペ選手は「多様性と寛容、尊重こそがフランスの価値観。分断を生む極端な考えには反対だ」と発言した。

投票が近づいていたフランスの国民議会総選挙を念頭に、直前の世論調査でトップに立った右翼「国民連合(RN)」に対し、名指しを避けながらも反対する立場を明確にしたのである。RNが勝利することへの危機感から、総選挙は「試合よりも大切だ」と発言し、若者らに投票を呼びかけた。現役のトップアスリートが、自国の政治情況に対してリスクを恐れず自らの意見を忌憚なく表明したわけである。

写真提供=© Matthieu Mirville/ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ
2024年6月25日、ドイツ・ドルトムントで行われたUEFAユーロ2024、グループD、フランス対ポーランド戦でのフランスのキリアン・ムバッペ

エムバペ選手『選挙は試合より大切」 フランス下院選で異例呼びかけ」 朝日新聞デジタル2024年6月17日

現役のトップアスリートが政治的な発言を行うことのリスクは大きい。SNSなどで誹謗中傷が浴びせられるし、所属チームとの契約に悪影響を及ぼしかねない。アスリート特有の健全なイメージが損なわれれば、スポンサーが離れることも予想される。にもかかわらずムバッペ選手が発言に踏み切ったのは、自分たちが住む社会や互いに営む生活が脅かされるという危機感があったからに違いない。

「私」よりも「私たち」の利益を重んじたムバッペ選手の勇気ある発言に、あらためて目を開かされた。社会的発言を厭わない彼のようなアスリートに、私は市民的成熟をみる。彼の言動からは、華やかなりし非日常空間を醸し出すスポーツも社会と地続きにあるという、至極当然の事実にあらためて気づかされる。