金メダルを川に投げ捨てたモハメド・アリ

ムバッペ選手が実践した「アスリート・アクティビズム」は、過去の五輪に目を移せば枚挙にいとまがない。

言うまでもなくその嚆矢こうしはモハメド・アリである。1960年のローマ五輪で金メダルを獲得し、その後地元に帰って訪れたレストランで黒人だという理由で入店を拒否された。五輪で活躍したところで人種差別はなくならない。そう悟った氏が、取得した金メダルをオハイオ川に投げ捨てた逸話はあまりに有名だ。のちにベトナム戦争への従軍を拒否するなど、アリは選手生活を通じて臆することなく社会に向けてメッセージを投げかけ続けた。

近代五輪の歴史において最も有名な政治行為だとされているのは、1968年メキシコ五輪の男子200m競争で行われた「ブラックパワー・サリュート」である。優勝したトミー・スミスと3位のジョン・カーロスは脱いだシューズを手に持ち、黒いソックスを履いて表彰台に上がった。国歌斉唱の際には目線を下げて頭を垂れ、黒いグローブをはめた拳を高々と突き上げ、黒人差別が横行する現状に異を唱えたのだ。

スミスはのちに「私たちは黒人であり、黒人であることに誇りを持っている。アメリカ黒人は(将来)私たちが今夜したことが何だったのかを理解することになるでしょう」と語っている。

五輪の表彰台でこぶしを突き上げた黒人金メダリスト 半世紀を経て、BLMを語る」 朝日新聞GLOBE + 2020年8月14日公開

東京五輪の「アスリート・アクティビズム」

東京2020大会でも「アスリート・アクティビズム」は行われた。

イギリス代表の女子サッカー選手が試合前に「膝つき行為」を行い、日本代表をはじめとする対戦相手もまたそれに追随した。黒人に対する暴力や構造的な人種差別の撤廃を訴える、国際的な積極行動主義にもとづく運動である「ブラック・ライヴズ・マター」である。

ちなみに、抗議の意味を込めて膝をつくという行為を最初に行ったのは、米プロフットボールリーグ(NFL)のコリン・キャパニックである。警察官による黒人への残虐行為に抗議する意思を示すため、2016年シーズンの試合前の国歌斉唱時にキャパニックは片膝をついて起立を拒んだ。「黒人や有色人種を抑圧するような国の国旗に敬意は払えないので起立はしない」と。

以降、膝をつくという行為は人種差別への抗議を示すアクションとなり、それをイギリス代表の女子サッカー選手をはじめとする選手たちが受け継いだわけである。

なでしこジャパン、片膝つき人種差別に抗議。Black Lives Matterに連帯するアスリートたち【東京五輪】」 HUFFPOST 2021年7月25日