「マサダは二度と陥落しない」と誓わせる

イスラエル軍はまさにこの場所で、悲劇は二度と繰り返さないという意味をこめ、「マサダは二度と陥落しない」を合言葉に、新兵たちに国を守る誓いを立てさせます。つまり、自分たちは二度と敵に破滅させられるようなことはない、ユダヤ国家を絶対に死守する、と誓わせるのです。ガザで戦い、ハマスの戦闘員やパレスチナの民間人を殺害したのはそこで誓いを立てた兵士たちです。

ユダヤ人の苦難は、マサダの悲劇だけではありません。正確な年代は不明ですが、今から3400年ほど前にはエジプトの王ファラオに大勢が奴隷にされています。その境遇から逃れるため、紀元前13世紀ごろにエジプトを脱出、紀元前10世紀頃にユダヤ王国を建国しますが、その後、新バビロニア王国ネブカドネザル王の侵略を受け、多くの人々がバビロンに連行されます。世界史の教科書にある「バビロン捕囚」です。

結局、ユダヤ人たちはパレスチナへの帰還を許されましたが、続いてローマに侵略されてマサダの悲劇が起こったというわけです。

マサダの後、ヨーロッパなど世界各地に散り散りになったユダヤ人は、その後も人類史の長年にわたる差別と迫害に苦しむことになります。

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「イエスを殺したユダヤ人」と蔑まれた貸金業

ユダヤ人への迫害の歴史については、歴史の授業で習った方も多いと思います。特にヨーロッパに移り住んだユダヤ人たちへの迫害です。ではそもそも、ユダヤ人たちは、なぜ迫害され続けたのでしょうか。

大きな理由は、ヨーロッパはキリスト教徒の社会であり、ユダヤ教徒は完全に異質の存在だったことです。何より約2000年前にイエス・キリストを処刑したのがユダヤ教徒だったことも大きく影響したと考えられます。イエスを十字架に貼り付けたユダヤ人に対し、キリスト教徒は「イエスを殺した人々」というレッテルを貼ったのです。こうした背景から、ユダヤ人たちは差別され迫害され続けてきました。

もっとも、イエス自身もユダヤ人であり、彼はユダヤ教の改革者でした。つまりキリスト教はユダヤ教の異端として生まれたと言えます。このように大昔は異端だったキリスト教がもはや完全な主流派になったヨーロッパでは、ユダヤ教徒は少数派に過ぎず、社会から排除されたのです。

2つ目の理由はユダヤ人の生業なりわいつまり職業です。ユダヤ人には職業選択の自由が十分に与えられず、少なくないユダヤ人たちは貸金業を営み、ヨーロッパの庶民から貴族まで幅広くお金を貸し付けていました。借金を踏み倒される場合も多かったのですが、多くの債務者から恨みを買いやすく、社会で何か問題が起こるとスケープゴートにされやすかったのです。