よみがえった「精密」への思い

そこでも組み立てが中心だったが、あるとき検査の仕事に携わると、「精密」への熱い思いがよみがえってきた。

「私たちの先にユーザーさんがいるわけですよね。そこに『キズがあるものを渡すものか』という気持ちがあるんですよ。私がここで食い止める、って。検査を任された以上はここで全てを食い止めて、ここから先には不良品を出さないという気持ちがずっとありました」

それでも、人間は必ずミスをする。ずっと座って作業をしていると眠くなったり、ぼーっとしたりして、不良品を見逃してしまう。ミス自体は起きえることだが、田中さんは不良品を出すことがどうしても許せなかったという。

謝罪訪問を「目の肥やし」に

ミスをどのようにして食い止めればいいのか、常に考えながら仕事をした。そして、クレームがあれば、自分に責任がないものであっても、田中さんが謝りに行くことにした。

インタビューに答える田中泰江さん(撮影=プレジデントオンライン編集部)

いろいろな企業に行くと、自然と様々な情報が目に入ってくる。どのような手袋を使っていて、どんな配列で作業をしているのか――。

いまのようにインターネットで簡単に情報を集められる時代ではないから、良さそうな手袋を見かけたら、あちこち電話して「こういう手袋ない?」と聞いてまわった。手に入れたら試して、滑りにくさや薄さなどを確かめた。

さらに、謝罪をしながらも「この仕事がちゃんとできあがれば、さらに仕事をいただけるはず」と考えていたという。パートの立場ではあったが、経営視点でクレーム対応を捉えていたのだ。

「そのときは、いつか起業しようなんて思っていなかった。でも、たぶん、そうやって他の会社の様子を観察しながら、なんとなく自分の目の肥やしにしてきたんですよね」

「女性が働きやすい場所をつくりたい」

精密部品の検査会社では、女性が多く働いている。いつしか田中さんは「どうしたら肩が凝らず、効率よく、楽しく女性たちが働けるか」に関心を持つようになった。手袋や配列など、他の企業を見て良さそうだと思ったことも取り入れたかった。社長に提言して受け入れられたことはあったものの、いつからか「自分の会社だったら、もっと自分の思うようにできるのでは」という気持ちが芽生えた。

子育てを通して気づいたことも多かった。田中さんは3人の子どもたちに「やりたいと思ったことは、なんでもやってみたらいい」と伝えてきた。でも、子どもたちが進学や留学、就職などで地元を離れたりすると、駅で大泣きするほど寂しい思いをした。そして、「子どもはいつか絶対に親から離れる」ということを痛感した。

期間限定だからこそ、子どもの近くにいたいという親としての気持ちと、しっかり収入を得たいという思いを両立できれば――。「女性が働きやすい場所をつくりたい」との願いが強くなっていった。