やめられない「安売りグセ」
当初は一度限りのイベントだったが、自信を深めたプロジェクトメンバーは早くも次の企画を進める。それは嬉野のメインストリートに茶室を作り、地元の人たちにお茶を堪能してもらうといった内容だった。ところが……。
「それがですね、大失敗。まったく奮わなかったです」と北野さんは苦笑する。
前のめりで参加する観光客とは対照的に、嬉野の人たちにとっては「こんなところでお茶を飲んでいるのを知り合いに見られるのは恥ずかしい」という。まだ地域の外と内ではお茶に対する温度差があったのである。このイベントに向けて新しい菓子を用意したが、想定した客数を下回り、在庫の山ができてしまったという。
ただし、怪我の功名もあった。人目を気にしない場所であればと、副島さんが「うちの茶畑を使えばいい」と提案する。それが2017年3月に完成した天茶台である。すぐさまその場所で新茶会を実施した。これが今に続く「ティーツーリズム」の始まりだ。
その時はお茶3杯で1500円。ただし、1000円の温泉券をつけていた。まだ安売りグセからは逃れていなかったようである。
外国人観光客にも広がるティーツーリズム
翌年には永尾さんの畑に茶空間「杜の茶室」を新設。その年から参加者は一人5000円になった。2019年には池田農園に3カ所目の茶空間「茶塔」ができた。このタイミングで3種類のお茶と2種類のお茶菓子で1人1万円に。料金は一気に倍増していった。
価格を引き上げられるというのは、需要があるからだ。そもそものきっかけは17年に雑誌で特集されて、そこから旅行関係者や都市部の富裕層などが物珍しさでやってきた。20年の新型コロナウイルスの感染拡大時は減少するも、22年ごろから再び増加基調に。コロナ禍以降は海外観光客も増えて、21年は236人、22年は505人、そして23年は542人がティーツーリズムに参加した。国籍も欧米、中国、シンガポールなどと広がっている。
ティーツーリズムの事業基盤ができ上がったことで、人員の増強に踏み切った。茶農家は4~6月は茶摘みの繁忙期であるため、その間は専任のコンシェルジュが担当するようにした。しかも外国語の堪能なスタッフを雇ったことで、海外観光客の対応もスムーズになった。
都内高級ホテルとの取引も
ティーツーリズムによって嬉野へ客を呼び込むのと並行して、嬉野から外に打って出る取り組みも始めた。都内でのイベントなどを通じて関係性を構築した結果、名だたる高級ホテルとの取引が始まった。一例を挙げると、北野さんは「ブルガリホテル東京」のラウンジ、永尾さんは「ANAインターコンチネンタルホテル東京」のバーなどにお茶を卸している。
これまでB2Bの取引はほとんどなかった上に、富裕層に直接リーチできるようになった。その波及効果は計り知れない。こんなこともあったと、永尾さんはエピソードを披露する。