不可能を可能にした「渋沢栄一」

家康がそうしたのは、日本に主君に対する忠義というものを確立するためでした。家康は兄貴分の織田信長が、引き立ててやった明智光秀に殺され、その天下も引き立ててやった豊臣秀吉に奪われたのを見ています。徳川の政権下でそんなことが起こっては困りますから、主君に対する忠義を極めて重んじる朱子学を武士の道徳としたのです。

1866年頃の幕臣・渋沢栄一(画像=WTCA/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons

ところがこの事には恐るべき副作用がありました。一つは今述べたことです。朱子学は男尊女卑が徹底しているために、女性の地位が日本の歴史の中で一番低下しました。そしてもう一つ、朱子学では「商売は人間のクズのやること」と考えており、朱子学が普及するにつれて武士たちの誰もがそういう考え方を抱くようになったことです。

信長が永楽銭というコインを旗印にしていたように、日本にはそのような伝統はありませんでした。しかし朱子学の普及によって、商売あるいは国際的な商売である貿易もすべて「悪」になってしまったのです。明治維新の時に、日本は貿易立国を目指し国内でも商業を盛んにする必要があったのに、多くの武士はそれを「悪」だと考えていたということです。

井沢元彦『歴史・経済・文化の論点がわかる お金の日本史 完全版 和同開珎からバブル経済まで』(KADOKAWA)

それなのになぜ、日本は近代化に成功し資本主義が確立したのでしょうか?

それは新1万円札の渋沢栄一(1840~1931)が常識を変えたからなのです。ではどうやって変えたのか?

今回の新紙幣発行にタイミングを合わせる形になりましたが『歴史・経済・文化の論点がわかる お金の日本史 完全版 和同開珎からバブル経済まで』(KADOKAWA刊/2024年6月19日発売)を上梓させていただきました。

不可能を可能にした渋沢の功績――それは「お金の日本史」のメインテーマでもあります。私はそのことを日本人にもっと深く理解して欲しいと思って、この本を書きました。

関連記事
【第1回】商売は人間のクズがやることだった…武士の国に資本主義を根付かせた新札の顔「渋沢栄一」の天才的発想
東大に行っていいのは金持ちだけ、貧乏人は下等な教育でいい…明治初期の福沢諭吉がそう説いていたワケ
戊辰戦争後に「見せしめ」で破壊された…新政府軍の1カ月にわたる猛攻に耐えた会津若松城をめぐる悲劇
「ミカンをむくとウジ虫」が現実になるところだった…世界トップレベルの技術で外来種害虫と闘う人々の執念
なぜ自民党と新聞は「愛子天皇」をタブー視するのか…「国民の声」がスルーされ続ける本当の理由