コンシューマ・マーケティングの発想

自民党史上初というより、日本の憲政史上初めての本格的な選挙コンサルティングだったと思うが、これはマッキンゼーの仕事として受けたわけではない。社内で有志を集めてボランティアでやったのである。

日本の政治を良くしたいという一心からだった。後に都知事選に出馬したときに自民党の悪辣な性根(根も葉もない噂をバラ蒔くなど)を思い知らされるのだが、その頃はそこまでタチが悪い政党とは思っていなかった。

むしろ社会党や修正社会主義(大きな政府)に走る民社党などのほうが日本のためには悪いと思っていたし、自民党は旗色が悪くなるとサービス合戦を始めるから(つまり自由主義経済でありながら大きな政府に結果的になってしまう)、一度大勝させてやろうと考えていた。

戦略でシェアを上げるのが経営の常道である。要するに自民党ブランドを買ってくれるコンシューマが増えればいいわけで、コンシューマ・マーケティングならお手の物だ。結果はよく知られているように自民党の大勝で、死に票もほとんど出ない完璧な勝利だった。

大変だったのは選挙後である。

記者会見で勝因を聞かれた中曽根首相が「大前さんに助けてもらった。翼を右から左にいっぱいに広げた」と漏らしたからだ。経営の分野では私の名前はある程度知られていたが、政治記者はほとんど知らない。「大前研一って誰だ?」ということになり、マスコミからの問い合わせが殺到した。

こちらは政治記者に会う義理もないから逃げ回っていたのだが、1人だけ家の前に座り込んで帰らないヤツがいる。

玄関先に置かれた名刺を見たら「週刊実話」と書いてある。『企業参謀』を担当したプレジデント社の守岡さんに電話をして「この人はどういう人ですか?」と尋ねると、「会うほどのことはない」という。

それでも毎日やってくるから、根負けして最後には部屋に招き入れた。身長185センチくらいで頭はツルツルのタコ入道みたいな大男。インタビューさせろというから1時間ほどいろいろな質問に正直に答えた。

しかし出来上がった記事を見て目が点になった。

「中曽根康弘が信奉する大前研一とは何者か」というカバーストーリーで、高校時代の友達に聞くと評判が悪いとか、大学時代の担当教授によれば真面目に授業に出てこなかったとか、生い立ちについてあることないこと書いてあるのに、インタビューで語ったことは何ひとつ書いていないのだ。

私と会ったときの様子が書かれていたのは、最後の3行だけ。記事はこう締めくくられていた。

「本人に会ってみればずんぐりむっくり。世界を股にかけているわりには股が短かった」

さすが週刊「実話」だと感心したものだ。

(次回は《元祖「平成維新」(3) 》。1月28日更新予定)

(小川 剛=インタビュー・構成)