SIerとユーザー企業には埋められない人材格差がある
多くの日本企業にはITのトップがいないが、同時に情報システム部に所属している人材もITに関する十分な経験を持っているとは言えない。
これは、日本ではIT技術者がSIerと呼ばれるIT専門企業に集中している構造があるためだ(その背景には日本の雇用の流動性の低さや、給与等の待遇が職種別ではなく企業別・業界別であるといったものがあるが本稿では触れない)。
筆者の2018年の論文「発注者と開発者のスキル・意識の違いがシステム開発に及ぼす影響」(※5)では、SIerと呼ばれるNTTデータや野村総合研究所(NRI)のようなシステム開発専業会社と、システム開発をSIerに発注する立場であるユーザー企業に所属している従業員の資格保有状況、システム経験年数、転職経験等を比較している。
※5 宗健(2018)「発注者と開発者のスキル・意識の違いがシステム開発に及ぼす影響」経営情報学会春期全国研究発表大会
情報処理推進機構(IPA)が運営するITパスポート試験やプロジェクトマネジャ試験などの国家試験の合格状況を比較すると、大手SIerの管理職は、高度資格の代表であるITストラテジストの保有率が16.7%、プロジェクトマネジャの保有率が33.3%だが、ユーザー企業の管理職の保有率はITストラテジストの保有率が3.8%、プロジェクトマネジャが7.5%と非常に低くなっている。基本情報技術者の保有率も大手SIerの管理職は48.1%と半数近くが保有しているがユーザー企業の管理職の保有率は15.1%にすぎない。
日本のシステム開発は「素人がプロに発注している」構図
システム経験年数も大手SIerの管理職では25年以上が51.9%と半数を超えるが、ユーザー企業の管理職の25年以上の比率は9.4%でしかない。
学歴を見ても、大手SIer管理職の大卒(理系)比率は42.6%だが、ユーザー企業管理職は11.3%であり、転職経験がない比率も大手SIerの管理職では85.2%と大多数を占めるが、ユーザー企業の管理職では35.8%にすぎない。
ここからわかるのは、システムを作る側の大手SIerの管理職は、一度も転職せずさまざまなシステム開発を経験してきた歴戦の勇士だが、システムを発注する側のユーザー企業の管理職の多くは、もともとはシステム関連の仕事ではなく転職か異動によってシステム部門に配属された経験の浅い場合が多いということだ。
この構図は、簡単にいえば、日本のシステム開発は、素人がプロに発注している、ということになる。しかも、ユーザー企業の情報システム部門の主な業務は「発注」と「管理」であり、システム開発や運用そのものではない。システム開発や運用自体は、受注側のSIerが行うから、業務によって蓄積される経験の内容も全く違う。
ユーザー企業側のITの資格保有率が低いのは、「発注」や「管理」にはそうした資格に裏付けられたスキルがいらないからだ。
そして、ITに関する専門性のある(そしてできれば役員としての発言力と影響力のある)トップも経験豊富な現場の管理職もいない日本のユーザー企業のIT戦略がうまくいくはずがない。
なぜなら、このような状況で「戦略」が立てられるはずがないからだ。