なぜLVMHは歴史ある企業を買収するのか

ピカソがなぜ有名なのかといえば、彼には1万3000作という莫大ばくだいなアーカイブがあるからだ。彼を知ろうとする人々の興味が深掘りをする素材に事欠かない。

生涯30数点しか残さなかったフェルメールのような寡作では、アーカイブ視聴を繰り返す人々の興味を十分に保ち続ける資源がない。

「時代の試練」を潜り抜けた旧譜がアーカイブとして蓄積されているかどうかは、その作家を信用するためにとても大事なことだ。

ベンチャーは「時間を買う」ために、先行している企業の技術を買いに行く未来志向がある。だが、天文学的なボリュームで途方もない物量が積み上げられ続ける動画・テキスト・音楽の中で、むしろ買いに行くべきは「逆行した時間蓄積」なのだ。

すなわちLVMHがシャンドン(280年)、ヘネシー(260年)、ルイヴィトン(170年)という歴史ある企業を次々と買い集めていく過程と同じである。

LVMHが2021年までに35年かけて購入した61ブランドを累計すると7000年もの「時間の蓄積」になる。ブランドが、なによりも「体験保証」の重要なシグナルとなるのだ。

デジタルは古いものにとっても福音になる。ブランドがあるものは、テクノロジーとアルゴリズムの力を得て、新しいものを凌駕していくチャンスを迎えている。

口コミがないと流行らない

順番通りに視聴されなくなった、ということでお仕着せの起承転結はバズらなくなっている。

音楽では、「起」でイントロをかけた瞬間に20%が離脱する。もはや「仕掛けられた入口」に興味を示さない。むしろ大事なのは「いつでもどこからでも出入り自由な入口・出口」と「深掘りしがいのある回遊路」である。

これは音楽や動画などデジタルのストリーミングサービスの特徴だが、実は従来からある寄席や劇場などにも共通している。リアルのビジネスは自由に入場・退場を繰り返すユーザーに向けて、安定的に商品・サービスを供給するために創られてきたものだ。

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テレビの連続ドラマも、2〜3話目の評判を聞いてから1話目をあとから見逃し配信で視聴するユーザーが増えている。選択肢が多すぎるなかで、むしろ過去の評価が確定している旧譜のほうが安心して聞いたり見たりすることができる。

口コミがないと流行らないというのは、「評価が確定していないものに、時間的コストをかけられない」という無限の消費選択肢を持てる世代がゆえの特性だ。

映画においても、人々は「体験の結果」を厳しく求めるようになっている。なぜ当たっている映画しか見に行かないかないかといえば、2時間の視聴「体験」を大事にするからだ。見終わった時にどんな気持ちになるかを想像してしまうからだ。