気休めでもいいから“治療”してほしい

検査をしても特段の異常がないので、「大丈夫ですよ」と説明しても納得してくれません。

「先生。注射をお願いします。先生は専門家でしょう。ワシら素人にはわからんから、頼むのです。注射を頼みます。お願いできませんか。注射さえしてもろうたら、楽になると思うんです」

そんなとき、どう応えればいいのでしょう。気休めにブドウ糖かビタミン剤の注射でもするのが親切なのかもしれませんが、一回でもするとまた次もと、やみつきになる可能性が大です。それにまだ若かった私は、そんな医学的に意味のない気休め注射をすることにも抵抗がありました。

「注射といっても、どこが悪いのですか」

そう聞くと、「のどはおかしくないか」と口を大きく開けます。別に異常はありません。

久坂部羊『人はどう老いるのか』(講談社現代新書)

「頭も痛いんです。膝に力も入らんし、なんやお腹が張ってるみたいやし、指の先がしびれとるし、爪も薄くなってフニャフニャしとるし、胸も苦しいし、夜中に息が止まりそうになるんです」

まさに病気のデパートです。

「注射は必要ありませんよ。それにすべてに効く注射もありませんし」

私が首を振ると、Lさんは「そんなことを言わずに、お願いします、頼みます、なんとか注射を打ってください」と食い下がります。私はまるで自分がLさんに意地悪をしているような気分になりました。

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