高齢者はどのような悩みを抱えているのか。医師で作家の久坂部羊さんは「私が診ている患者さんたちのなかには、死にたい願望を強く持っている人が少なくない。体の不調を抱えながらいつまでも死ねないということは、当事者にとってはとても苦しいことだと知った」という――。(第1回)

※本稿は、久坂部羊『人はどう老いるのか』(講談社現代新書)の一部を再編集したものです。

部屋でうなだれて座っている女性のシルエット
写真=iStock.com/kumikomini
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「生きとっても仕方ないですよ」

老人デイケアのクリニックでは、余病を持つ利用者さんの健康管理と、売り上げ向上(露骨な言い方ですが)の両目的から、定期的に血液検査と胸部X線撮影を行っていました。血液検査の結果は診察室で説明します。Yさん(88歳・男性)は軽い貧血と肝機能障害があったので、3カ月ごとに検査をしていました。

「前と変わっていませんよ。心配ないです」

そう言うと、Yさんは心底落胆したようなため息をついて、「そうですか。ほんならまだ死ねませんな」とつぶやきました。

血液検査の結果がよければ、喜ぶのがふつうでしょうが、デイケアの利用者さんには逆の反応を示す人が少なくありませんでした。

Yさんの口癖は「早ようお迎えが来ませんかな」で、「先生、ポックリ逝ける薬はありませんか」ともよく聞かれました。冗談や口先だけでないので返答に困ります。「どうしてそんなふうに思うのですか」と聞くと、Yさんは自嘲するようにこう答えました。

「こんな年寄り、生きとっても仕方ないですよ。迷惑をかけるばっかりで」
「迷惑なんかかけていませんよ。Yさんは若いころから頑張ってこられたのだから、今はまわりの人に手伝ってもらったらいいんですよ。みんな順番ですから」

そうなだめましたが、Yさんは両膝の上で拳を握ったまま、顔を上げようとしません。Yさんは杖で歩けるし、トイレにもひとりで行けるので、決して要介護度が高いわけではありませんし、同居している息子さん家族も介護に前向きで、決して迷惑がられているわけではなさそうでしたが、家族が親切にすればするほど、Yさんの心の負担は大きくなるようでした。