「君たちだって、何もしなかった」

マイクロソフト→モヤモヤを持ち帰らせる3泊4日

マイクロソフト日本法人も、管理職を育てるうえで、グループ討議を採り入れている。06年10月から始まった全世界共通の管理職研修「マネジメント エクセレンス ファウンデーション イベント」には、これまでに全世界の85%、日本法人の80%の管理職が参加した。

日本で行われた15回のイベントには、各回約40名が参加している。課長級(M1)30名に対し、部長級(M2)10名の比率となるのが通例だ。成田のホテルで朝8時から夜9時まで、3泊4日を共にする。

日程のなかには講義形式の一般的な研修もあるが、中心は7人前後のグループに分かれて取り組む「プロジェクト」である。

プロジェクトは約6種類。いずれも、あえて正解のないテーマが設定される。例えば「クライメット」。風潮や風土、気候という意味の英単語で、イベントを成功に導くため、各プロジェクトの進捗状況を知らせるボードを作ったり、終了後のパーティを企画したりと、参加者のモチベーションを高める環境づくりに取り組む。

答えの出ない課題に取り組む意味を、組織・人財開発部シニアPOCコンサルタントの小林いづみはこう語る。

日本マイクロソフト 人事本部 組織・人財開発部のシニアPOCコンサルタント・小林いづみさん。POCとはPeople Organization Capability(組織人財開発)の略。

「イベントの終わりが始まりなんですね。終わったときに、答えが出ていないというモヤモヤ感が必ず残ります。うまくいかなかったから、こんどはこうしてみようという思いを持って現場に戻る。スッキリしてはダメなんです」

小林は2つの目的を強調する。一つは自分の役割を知ることだ。

イベントの初日、参加者は月から見た地球の写真を見せられる。自分の部署を守り、自分のチームを成功させ、自分の目標を達成する。幹部社員は、こうした使命を背負って日々疾走している。自分の仕事ぶりを自分で評価する余裕はない。

しかし、立ち止まって自分を客観視しない限り、自分の行動と管理職として求められる役割が合致しているかどうかを確認する術はない。それを示すため、普段は目にすることのない地球の姿を参加者に見せるのだという。

もう一つは、幹部社員間のつながりの構築だ。

参加者の多くは、悩みなど誰にも打ち明けられない、と思い込んでいる。ライバルや部下に弱みを見せ、無能と評価されたくはない。相談したところで、懇切丁寧なアドバイスを得られるわけでもない。悩んでいる暇があるなら、前に進むべきだ――。小林は、そんな思い込みをなくすことがイベントの目的の一つだという。

小林自身、イベントに参加者として関わり、強く記憶に残る体験をしたことがある。

最後の発表会では、回ごとの成果を相対化するため、各回の参加者に加え、前回の参加者が出席してコメントを出す。各班の発表が終わったところで、前回の参加者であるM2クラスの1人が、自分を含む6人の顔写真とともに「ウ・ス・ノ・ロ・バ・カ」と書いたスライドを映し出した。いわく、この6人は最後まで表面的な行動に終始した結果、成果を残せず悔しい思いをしたのだという。このあと、「会場に嵐が吹いた」。

それまではM2に遠慮していたのだろう。M1の1人が、「うちのM2も何もしなかった」と声をあげた。同調者が続出する。だが、M2にも言い分がある。「君たちだって、何もしなかったじゃないか」――。

プロジェクトは、現実のドロドロとした悩みを吐き出さなければ成果を残せない仕掛けになっている、と小林は言う。嵐のなかで溜まっているものを吐き出す。だが、それで答えが出るわけではなく、答えの出ないモヤモヤは残る。

自分の役割には、自分で気づくしかない。会社や上司にできることは、そのきっかけを提供することだ。自らの役割に気づいた社員は、意気揚々と現場に戻っていくだろう。

(文中敬称略)

※すべて雑誌掲載当時

(尾崎三朗=撮影)
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