見えないことで「認知症状態」になっているだけ

患者さんが語るには「野球が好きでいつもテレビを見ていたのが、視力が悪くなって見られなくなり、毎日がつまらなくなった。また、道もよく見えないので、怖くて歩けず、外出が減り、家に閉じこもっていた」とのこと。

視力が回復してからは、好きな野球のテレビ中継を見て、昼間は外に散歩に行けて、楽しくて仕方がないと言うのです。さらに、新聞や読書も再開できたとうれしそうでした。

この患者さんは脳萎縮での認知症ではなかったのです。ただ、視力を失っていたので、生きる意欲がなくなってしまい、認知症に間違われたのでした。

手術による視力回復により、彼女は毎日が楽しくてしょうがないと、生きる意欲そのものが回復したのです。

このように、見えないことで「認知症状態」となった患者さんが非常に多くおられます。

見るということは、目から入った電気信号を脳が解釈する行為です。ですから、見るということは脳の認知機能そのものでもあるのです。

目から情報が入らないということは、外界からの、もっとも重要で、細かく、興味深い情報が遮断されることです。脳はその段階で活動を抑制されます。

目が悪いから外出を控える→足腰が一気に衰えてしまう

ずっと家の中に閉じこもって、ひと言もしゃべらない。そのうちに普通の反応もにぶくなっていきます。家族が、親は認知症になってしまった、と思うのもやむを得ません。でも多くは目の障害から起きている変化なのです。

アルツハイマー病は「脳萎縮」による障害ですが、かなり多くの認知症は「目の機能が落ちることにより起きている」と感じています。つまり、認知症状態ですが、これは目の手術で治せるのですから、言わば「仮性認知症」とでも言うべき状況であり、目が見えるようになれば治るのです。

さらに、前述の患者さんの例でわかるように、目が悪いと、よく見えないがために外を歩くのが怖くなり、外出することがなくなってしまいます。

深作秀春『100年視力』(サンマーク出版)

ご高齢の人は歩かないと急速に足腰の筋肉や関節の機能が衰えます。動かないと食欲も出ず、栄養も不足しがちになり、病気にかかりやすくなります。

それまで元気に歩き回っていた人が、車いす生活や寝たきり生活になりかねない。ご本人の生活が不自由になるのはもちろんですが、介護するご家族の負担も大きくなってしまうでしょう。

しっかりと正しい眼科知識をもつことが大切なのは、目のためばかりではない、ということです。

長寿社会における認知症予防もそうですが、生活の質を高めるには、目の機能を生涯にわたってまもることが本当に重要です。

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