「台湾」を意識し続けた安倍元首相

安倍が台湾で慕われていた要因はほかにもある。17年1月、日本の対台湾窓口機関である「交流協会」が「日本台湾交流協会」に名称変更した。日本政府は1972年の「日中共同声明」のなかで、「中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する」とともに、台湾については「中華人民共和国の領土の不可分の一部である」という中華人民共和国政府の立場を「十分理解し、尊重」すると表明した。

これにともない、日本政府は台湾の中華民国ないし「台湾」という主体を国家として扱うことができなくなり(本書第一章参照)、台湾に大使館を設置することも建前上できないので、それに相当する窓口機関として、一見何の組織か分からない名称の、財団法人「交流協会」が設けられた。

ところが、安倍政権期の先の改称により、その名称のなかに「日本」および「台湾」の文字が新たに入ることになったのである。また、安倍はコロナ感染が世界的に拡大するなか、台湾がWHOの年次総会へのオブザーバー参加を認められなかったことについて、20年6月の参議院予算委員会において「非常に残念」との意見を表明した。

「台湾有事」は「日本有事」と発言

安倍の首相辞任後の21年3月、中国が検疫上の理由により台湾からのパイナップル輸入を禁止するのだが、このとき日本では親台湾世論と反中世論が結びつき、台湾パイナップルを買い支える運動が発生する。同年4月28日、安倍はSNSに満面の笑みで台湾パイナップルを手にする写真を投稿し、台湾メディアで大いに注目されるところとなった。

同年5月から台湾で新型コロナウイルスの感染が急拡大すると、日本政府は翌6月から複数回にわたりワクチンを供与する。これは、蔡総統が前首相の安倍に電話で救援を求めたためだと報じられ、ワクチン到着に際しては日台双方で友好ムードが演出された。

このほか、安倍は21年12月に台北市内で開催されたフォーラムにリモート参加した際、台湾のTPP(環太平洋経済連携協定)参加を支持すると表明したのに加え、中国の習近平国家主席に台湾への武力行使を思いとどまるよう求める文脈で、「台湾有事」は「日本有事」であり「日米同盟の有事」であると発言した。