「蔡政権だから」というわけではない

首相辞任後の話題だけを切り取ると、台湾での安倍人気は台湾社会の反中世論を背景に、蔡政権の協力を得て創り出されたかのように見えるかもしれない。たしかに、蔡政権はこのような安倍の言動を積極的に広報しており、両者の間に共謀関係があったことは否めない。しかし、その前の馬英九政権期にも、安倍は決して台湾を軽視する姿勢をとっていたわけではない。

2013年4月、日本は窓口機関を通じて台湾と漁業協定を結んでいる。その内容は台湾側に大幅に譲歩するものだとして、日本側の漁業関係者からは強い反発があった。しかし、安倍政権は東アジアの緊張を嫌うアメリカ政府から圧力を受け、尖閣諸島の領有権問題が延焼することや、馬政権が中国と接近するのを避けることが優先された(佐々木貴文『東シナ海』)。

「反中」政治家だから歓迎された?

また、2014年6月から11月にかけては、東京国立博物館および九州国立博物館において特別展「台北 国立故宮博物院 神品至宝」が開催されている。これは国立故宮博物院にとってアジアで初となる海外出展であった。

ただし、馬政権は自らが「中華民国」であるという立場を重んじており、国際社会に対して「台湾」という主体をアピールすることに積極的でなかった点は、その後の蔡政権と大きく異なる。

ここでさらに思い起こさなければならないのは、在任中の安倍政権は中国との関係改善も追求してきた政権だったということである。コロナによる混乱期に入る前の19年には、習近平国家主席の国賓訪日に向けた調整も進められ、日本メディアではその是非をめぐり議論が沸騰していたほどであった。蔡政権には安倍の「反中」姿勢に期待する部分もあったかもしれないが、安倍が「反中」政治家だから台湾社会から歓迎されたと考えるのは、端的に事実に反している。