男性たちに醜態を見られても気にもならない
行き交ったり身動きしたりする人々の顔も見分けられない。殿のご子息たち、宰相の中将(藤原兼隆)、四位の少将(源雅通)らはもちろん、左の宰相の中将(源経房)、中宮の大夫など、普段そこまで親しくしていない人々でさえ、どうかするとたびたび几帳の上からのぞきこんだりするから、私たちの泣きはらした目が丸見えだった。でも、恥ずかしいという気持ちは全部ふっとんでいた。
そのときの私たちときたら、頭の上には邪気払いのために撒かれた米が雪のように降りかかっているし、押し合いへし合いで衣はぺしゃんこ。どんなに見た目がヤバかったか、あとから思い返すと笑ってしまう。
無事出産も、後産を終えるまで祈りは続く
万が一に備え、仏のご加護を得て極楽往生できるよう、中宮様の頭頂部の髪を少し削いで形ばかりの出家の儀式をする。このときばかりは目の前が真っ暗になったように感じた。思いがけない事態にどうなっちゃうのと心を痛めていたら、あれよあれよという間に中宮様は無事出産。とはいえ、後産が終わるまでは安心できない(※)。あれほど広い母屋、南廂、高欄のあたりまでひしめき合っていた僧や俗人たちが、もう一度ご加護を! と大声で祈りつつ額を床にすりつける。
※皇后・定子の死因は後産(出産後の胎盤の排出)がうまくいかなかったこと。だからみんな必死で祈っているんだね。
母屋の東面にいる女房たちは、殿上人と入り交じって待機するかっこうに。小中将の君が左の頭中将と視線が合って放心状態になった様子は、その後女房たちの間で鉄板の笑えるネタとして語り継がれた。いつもの小中将の君はバッチリメイクの上品な人で、この日も明け方から化粧していたのだけど、泣きはらして涙で化粧がぐちゃぐちゃになった結果、驚いたことに彼女だとわからなくなっていたのだ。
あの美しい宰相の君も、涙でメイクが落ちて別人のようになっていらっしゃる。こんなことってなかなかない。彼女たちがこのありさまなら、私の顔なんてどれほど厳しいことになっていただろう。だけどあのときに見た人の顔なんて、お互いテンパりすぎて覚えていられないはずだし、よしとしよう。