糞尿の臭いによる肉体的・精神的苦痛は「損害」といえるか

2 民事上の対応

行政上の対応が難しいようであれば、訴訟を起こす等して民事上の解決を図ることはできないでしょうか。

民法では、「動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う」と規定されており(民法718条1項)、糞尿トラブルにより「損害」が与えられたといえる場合には、飼い主に対して損害賠償請求が可能です。

飼い犬が塀に尿をかけ、これにより塀が変色したため修理費用が生じたといった場合には、塀の修理費用は「損害」に当たる可能性が高いです。

一方で、糞尿の臭いによって肉体的・精神的苦痛が生じたことを「損害」といえないでしょうか。

判例をみるに、飼い犬の糞尿による悪臭に基づく生活利益の侵害については、健全な社会通念に照らし、侵害の程度が一般人の社会生活上の受忍限度を超える場合に違法となるとされています(京都地判平成3年1月24日『判例タイムズ』769号197頁)。

上記判例は、建物の中庭部分に犬が糞尿をし、建物の居住部分にまで臭気が漂っていたところ、飼い主は、住民の度重なる注意も無視し、むしろ住民に対し嫌がらせまで行ったという事案です。

写真=iStock.com/Tom Merton
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そのような場合、悪臭による近隣住民に対する生活利益の侵害は、健全な社会通念に照らし、侵害の程度が一般人の社会生活上の受忍限度を超えるものとして違法となると判示しています。

悪臭の原因が特定のペットであることを証明するのは難しい

かかる判例からすれば、公道部分であっても、ペットが糞尿を垂れ流し、近隣住民が日常生活を送るに際し、臭気が漂うほど酷い状況で、また住民からの一切の指摘に対しても飼い主が聞く耳を持たない等の事情がある場合には、社会生活上の受忍限度を超える程度に生活利益を害しているとして、損害賠償請求が認められる可能性があります。

しかしながら、以下のとおり民事上の請求を行うにはなかなか難しい理由があります。

家の前で近所の犬猫が何度も糞尿をしており、生活を行うのに支障が出るレベルで悪臭がする。そのため、飼い主に対して損害賠償訴訟を提起しようとした場合、訴えを提起した者は、当該悪臭の原因が飼い主(ペット)にあることを立証する必要があります。

マンションの中庭等、私有地内での出来事であれば、特定の相手方に悪臭の原因があると立証するのはさほど困難とはいえません。

もっとも、公道での出来事であれば、その立証は非常に難しいです。

なぜなら、犬猫が一度糞尿をした場所には、他の犬猫もマーキングのために糞尿をすることが多く、そのような場合には、特定の飼い主(ペット)に悪臭の原因があるとは立証し難いためです。