道路に現れたヒグマ
写真=iStock.com/Taras Khimchak
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クマの行動の活発化とともに、東北地方を中心に人身被害が続いている。「命に別条はない」との報道に、ホッと胸をなでおろしている人も多いだろう。だが、治療にあたった医師たちは、クマ襲撃による被害の特殊性と深刻さを指摘する。専門家は「頭部を守ってほしい」と警鐘を鳴らす。

襲撃で鼻が取れていた

クマに襲われ、「命に別状はない」とされた80代男性の症例写真を見て、あまりのすさまじさに言葉を失った。額から上あごにかけて顔がなくなっているように見える。左の眼球はだらりと飛び出ている。

「クマは明らかに顔を狙って攻撃していると感じます」

こう語るのは、秋田大学医学部付属病院の高度救命救急センターでクマ外傷の治療にあたった土田英臣医師だ。

この男性は15時ごろ自宅前の畑でクマに襲われた。意識は明瞭で、自ら119番通報したという。

「鼻が取れ、皮膚が左右に裂けていました。救急隊員が道端に落ちていた鼻を見つけて運んできてくれたので、形成外科の先生が手術して、くっつけたのです」

傷の見た目はひどいものの、出血量は比較的少なかった。血圧や呼吸などの全身状態は安定していたので、すぐに手術できたことも幸いしたという。

容貌が変わるほど重大なけが

昨年度、クマに襲われた被害者は過去最多の219人。その大半がツキノワグマによる被害者で210人、約96%を占める。ツキノワグマは主に人の顔や頭に一撃を与えた後、すぐに逃走する場合が多く、いわゆる「人食いグマ」による「食害」はまれだ。

だが、クマに人が襲われ、「命に別条はありません」と報道されても、実際は顔貌が大きく変わるほどに重大なけがであることが少なくない。

昨年度、クマによる人身被害が最も多かったのが秋田県だ。死者こそ出なかったものの、70人が負傷した。このうち、重傷者20人が同病院に搬送された。18人が顔を負傷。失明は3人、顔面骨折は9人にのぼる。

冒頭の男性の被害は、搬送されたなかでは特別深刻なケースではないという。

クマによる外傷は「特殊」

一般的に外傷は、交通事故や転落事故などによる「鈍的外傷」と、ナイフなどによる「鋭的外傷」に分けられるが、クマに襲われた際のけがはその二つの特徴をあわせもつ「特殊な外傷」だという。

「強いパワーによって骨折し、傷口は深く、筋肉までぱっくりと開く」(土田医師)