致命的なダメージ防いで

NPO日本ツキノワグマ研究所の米田一彦所長は、10年前からこう訴えてきた。

「クマに遭遇した場合、立った状態で攻撃を受けるのが最も危険です。ただちにうつぶせになり、両腕で頭部を覆ってください。致命的なダメージを防ぐことが重要です」

3年前に改訂された環境省の「クマ類の出没対応マニュアル」にも、うつぶせになって頭部を守れ、と記述されるようになった。

ところが、インターネット上では「机上の空論」「うつぶせになって顔や頭を守っても食われるだけ」「攻撃こそ最大の防御!」と、防御姿勢を軽視するコメントを見ることがある。背景には深刻な人身被害の実態が十分に理解されていないことがあるのだろう。

前出の渡邊医師は言う。

「顔面は社会生活を営むうえで非常に重要です。人の顔面は頭部に比べて脆弱ですから、クマに攻撃された際、うつぶせになって身を守るという方法は妥当だと思います」

口腔顎顔面の再建治療を

島根県ではクマの目撃が年間1000件前後にもなる。島根大学医学部歯科口腔外科学講座の臨床講師を兼務する雲南市立病院の歯科口腔外科部長・小池尚史医師は、クマに顔面を攻撃された際、負傷者を迅速に大学病院、またはそれに準ずる高次医療機関に搬送することの重要性を強調する。防災ヘリやドクターヘリも有用だという。

「例えば、顔面の涙小管や耳下腺管、三叉神経や顔面神経などを損傷した場合、時間との勝負になってきます。緊急手術を行って、即時再建できる病院に搬送することが大切で、これが遅れるほど機能回復に遅れが生じてしまいます」

島根大学医学部付属病院の高度外傷センターでは、救命医をはじめ脳神経外科医、歯科口腔外科医、整形外科医など、複数の医師が密な連携のもと治療にあたる体制が整っている。

クマ外傷の場合、あごを負傷することも珍しくない。あごを骨ごと持っていかれてしまう場合もある。

「口元がなくなってしまうと、摂食、嚥下、咀嚼、咬合など社会生活に大きな影響が出ます。外傷によってあごの骨や歯を大きく失った際、歯科インプラントも公的医療保険制度の対象となる場合がありますから、機能と審美の両面から、あごと口を再建して社会復帰していただきたいと強く思います」

(AERA dot.編集部・米倉昭仁)

当記事は「AERA dot.」からの転載記事です。AERA dot.は『AERA』『週刊朝日』に掲載された話題を、分かりやすくまとめた記事をメインコンテンツにしています。元記事はこちら
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