害鳥対策として「鷹匠」がいま注目を集めている。自治体などから依頼を受けて、訓練した鷹を空に放ち、街路樹に群がるムクドリやハトなどを追い払う。鷹匠は今も男性ばかりだが、江頭千景さん(27)は農業高校を卒業してこの世界に飛び込んだ。江頭さんはなぜ鷹匠になったのか。フリーライターの川内イオさんが取材した――。
鷹匠の江頭千景さん
筆者撮影
鷹匠の江頭千景さん

まるで左腕投手のような「27歳の鷹匠」

それはとても滑らかで、流れるような動作だった。江頭千景えとうちかげさんが大きく右足を踏み込み、身体の横から左手をムチのように繰り出す。野球に例えれば、サイドスローの左腕投手のような動きだ。

革を巻いた左手首の上に乗っているのは、鷹。この時に撮影した写真を見返すと、一連の動作のなかで江頭さんと鷹の視線がぶれずに同じ方向を見ていることがわかる。

投手がボールをリリースするのと同じようなタイミングで羽ばたいた鷹は、一切の迷いを感じさせず、一直線で視線の先に向かう。風を切って飛ぶその姿は、切れのいい、糸を引くようなストレートを思わせる。

目的地は、数十メートル先にある建物の屋根。鷹がそこに到着してから数秒後、江頭さんが「餌合子えごうし」と呼ばれる漆が塗られた木製の餌箱を鳴らす。「カンカン」という乾いた音を聞いた鷹は翼を大きく広げ、江頭さんに向かって滑空する。江頭さんは身体を横に向け、グローブをはめた左手を前にして両手で餌箱を掲げる。

その左手に向かって鋭い爪のついた両足を前に伸ばした鷹は、それまでの勢いがウソのように驚くほどふんわりと腕にとまった。

現在27歳の江頭さんは、鷹匠の仕事を始めて9年目。取材の日は、神奈川県内の某大学でカラスを追い払う仕事に同行させてもらった。その日は真夏日で、簡単に熱中症になりそうな気温のなか、江頭さんは帽子、目から下を覆うマスク、長袖、長ズボンを着用していた。これがプロフェッショナルの仕事着なのだと思い込んだ僕が、「お仕事の時はいつもこの服装なんですか?」と尋ねると、少し驚いたような表情で首を振った。

「これ、日焼け対策です(笑)。いつも外にいるから、これでも焼けちゃうんですけどね」

鷹を放つときの凛とした姿からは意外なほど、その素顔は年相応の女性だった。彼女はどういう歩みを経て、鷹匠という珍しい職業に就いたのだろうか?

鷹を放つ江頭さん
筆者撮影
鷹を放つ江頭さん

珍獣ハンターに憧れた少女時代

江頭さんは1996年、神戸市で生まれた。物心ついた時には、家で飼っていた犬も、テレビで見る動物も、公園にいるカエルや蝶々も、とにかく「生き物」はぜんぶ好きだった。だから、「大人になったら絶対に動物関係の仕事に就きたい」と思っていたそうだ。

小中学生の時の憧れは、テレビ番組『世界の果てまでイッテQ!』で目にした珍獣ハンターのイモトアヤコ。世界中の珍獣を訪ね歩くイモトを見て、「これだ!」と思った。しかし、インドネシアで2メートルを超える巨大なトカゲ、コモドドラゴンとイモトが競争するシーンが忘れられず、断念した。

「イモトさんって珍獣と競争したりするじゃないですか。私、足が遅いんで食べられると思ったんですよ。コモドドラゴンに襲われたら放送NGになると思って、諦めました。割と本気でなりたかったんですけどね」