亡くなる十日前に妻が「あなたに尽くした」と言った理由
秋の空が晴れれば晴れるほどに悲しみがつのります。
俳優 森繁久彌
長年連れ添った妻を亡くしたのは、7年前でした。
人柄がよく、優しくて頭がよく、多くの人に好かれた女性です。妻自慢ではありません。本当にそうなのです。
一方、私は非常にわがままな性格で、自分の責任で失敗した怒りを妻に向けたりしていました。
また、自信を持ちにくい性格なので、「自分と一緒になって本当に幸せだったのか」「彼女は誰と結婚しても必ずうまくやり、幸せになったのではないか」と、いつも悩みました。
そのため、「俺と結婚したことを後悔していないか」と何度も聞きました。彼女はそのたびに「そんなことはありません」と答えてくれました。
ただ、亡くなる十日ほど前に「私は、あなたには尽くしました」とふと言ったことを覚えています。
「優しくすればよかった」と悔いないように今始める
妻を亡くす思いを最もよく表しているのは、小津安二郎監督の映画『東京物語』です。
広島県尾道に老夫婦で住む笠智衆さんと東山千栄子さんが、東京の子供たちを訪ねます。しかし、みな自分の生活で精いっぱいで、二人は自分たちは邪魔者なのだと感じて故郷に戻ります。そして妻が急死してしまうのです。
ラストは、笠智衆さんが隣の女性に挨拶され、「こんなことなら、生きているうちにもっと優しくしてやればよかったと思いますよ」「一人になると、急に日が長くなります」と応じて終わります。
私は、この「もっと優しくすればよかった」という言葉こそ、妻を亡くした男性の心の叫びだと思っています。
亡くなった家族はどこに行くのでしょう。どこかにいるのでしょうか。
「あなたの心の中にいる」と言う人もいます。「天井のほうから見守ってくれている」などと言う人もいます。どれも信じられません。
妻が亡くなったあと、歌人、窪田空穂さんの「其子等に 捕えられんと 母が魂蛍と成りて 夜を来たるらし」という歌を見つけました。
亡くなった妻が、残した子のことを心配し、蛍になって姿を現したという歌です。蛍は「自分をつかまえてごらん」と言っているのでしょう。もし、そういう生まれ変わりがあるとしたら、私も妻にまた会いたいと思っています。