ニューヨーク・タイムズ紙は金与正氏の悪辣あくらつな態度を、北朝鮮の外交戦略の一部であり、心理操作ないしは陽動作戦の一環であると読み解いている。北朝鮮は過去何十年ものあいだ、意図して好戦的な態度を示してきた。その後に姿勢をわずかに後退させることで、あたかも譲歩を行ったかのように見せかける手法が多用されている。同紙記事は「これは心理操作と陽動作戦の一部であり、平壌の外交の常套手段である」と断じる。

また、金正恩氏と対を成し、「良い警官と悪い警官」を演じているとも同紙は分析している。「良い警官と悪い警官」はもともと取り調べで使われたとされる一種の心理テクニックで、容疑者は理不尽な取り調べを受けることで、その後現れた"良い警官"を演じる警官に心を許しやすくなる。

暴言を吐く金与正氏が「悪い警官」役を果たすことで、金正恩氏が引き立ち、政権のイメージを向上しているとの分析だ。もっとも同紙は、北朝鮮には「悪い警官と、さらに悪い警官」がいるにすぎない、とも皮肉る。

本当に演じているだけなのか

だが、果たして彼女は本当に悪い警官を「演じて」いるのだろうか。その残忍さは本性から来るものであると、幼い頃の逸話が示唆している。

テレグラフ紙によると、金与正氏は幼少期に、父親のお気に入りだったバンドのボーカルを遊び相手としてあてがわれていた。だが、当時わずか8歳か9歳だった金与正氏の一声で、この女性は解雇された。気に入らない相手であれば権力でねじ伏せる癖は、この頃から現れていたようだ。

また、同じ頃、当時16歳ほどだった兄の金正哲氏がある女性に恋心を抱き、一目見ようと女性専用の映画館に潜り込んだ。7つも年下の金与正氏だが、女性専用施設に足を運んだ兄に激怒。映画館から力ずくで引きずり出したという。金与正氏の気の強さを物語るエピソードだ。

2018年2月11日、韓国・ソウルの国立劇場で行われた北朝鮮の三池淵管弦楽団の公演で、拍手する金与正氏(写真=Kim Jinseok/KOGL/Wikimedia Commons

北朝鮮高官たちは「血に飢えた悪魔」と呼んでいる

荒々しい性格は、現在も金正恩氏の取り巻きたちを震え上がらせている。オーストラリアン・フィナンシャル・レビュー紙は、ただ単に「自分の神経を逆なでする」というだけの理由で、金与正氏が政府高官の処刑をたびたび行っていると報じている。その残酷さから金与正氏は、「血に飢えた悪魔」「悪魔のような女」と密かに呼ばれ、忌み嫌われているとのことだ。

彼女の正式な地位は朝鮮労働党の中央委員会副部長にすぎないが、組織上の上役でさえ彼女を恐れているという。記事は「政府のヒエラルキーのトップ40に位置するが、それにもかかわらず、彼女の兄一人を除いて、名目上の上司はみな彼女にひれ伏すのだ」と述べている。