ニーチェの背景にはドイツの後進性がある

【松本】ヘーゲルの後輩にアルトゥール・ショーペンハウアーという、人間嫌いの変わった哲学者がいます。彼はベルリン大学で哲学の講義を持つときに、ヘーゲル先輩と同じ時間に自分の授業をぶち込んで、学生を奪おうと思ったらボロ負けしたという、残念なエピソードもある人物です。そのショーペンハウアーが「生物はそもそも意志である」という考え方を、『意志と表象としての世界』の中で提案します。その「意志」に大感激したのが、19世紀後半のフリードリヒ・ニーチェだったという、哲学の流れがあります。そして、「力への意志」というニーチェの言葉も、やはり当時のドイツの後進性から捉えたほうがいいのでしょうか?

【茂木】そう思います。「力への意志」という思想は、隣国のフランスからは出てこないでしょう。

【松本】はい、フランス人と話をしていると、「ニーチェ」という名前が出たとたんに、「野蛮だね」「遅れているね」という感想しか出てきません。先ほどのヘーゲル哲学といい、ニーチェ哲学といい、個人の思想という側面に当時のドイツという国が置かれていた状況を反映していた、と見たほうがよさそうですね。

【茂木】「野蛮」という言葉を学問的に言い換えると、「生物学的」になる。つまり、ドイツ人は生存そのものが脅かされていたから、そこに立脚した哲学が出てきたのだと思います。

プーチンとドイツ哲学者には共通する面がある

【松本】茂木先生の言葉を借りれば、19世紀の観念論からニーチェへと移っていくドイツ哲学の流れは、ドイツ人の「恐怖心」の現れであった、と。そういった視点から現在のプーチンを見てみると、1世紀以上前の独哲学者たちと共通する面があります。

【茂木】今回のウクライナへの侵攻というロシアの行動に対して、西側が制裁を呼びかけたのですが、実は途上国のほとんどが賛同していません。それはやはり、途上国がロシアに共感してしまう部分があるからでしょう。西側のいう綺麗事をやっていたら自分たちがやられてしまう、と。

茂木誠・松本誠一郎『“いまの世界”がわかる哲学&近現代史 プーチン、全体主義、保守主義』(マガジンハウス新書)

【松本】その意味でいえば、ヘーゲル哲学はナショナリズムであり、ニーチェ哲学も捉えにくいところはあるけれどグローバリズムでないことは確かです。そう考えると、今回のウクライナ紛争というのは、新しい南北問題ではないか――。

【茂木】グローバリズムに立ち向かうときに、個人では負けてしまう。グローバリズムから守ってくれるのは国家しかない、ということをロシアや途上国はやっている。それは私たち日本人も、明治維新以降にやってきたことです。

強い人は個人主義でもいい。強い人はグローバリズムの世界でも生き残れますから。でも、ほとんどの人は弱い。その弱き人たちを守るためには、国家の枠組みが必要である、と僕は思うのです。

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