急激な「脱石炭化」は社会的摩擦を生み出す
さらに、ブルガリアの事例が物語ることは、人為的な産業転換が大きな社会的摩擦を伴うということである。
日本のみならず、かつて炭鉱を有した国々は閉山の経験を有している。しかしそうした炭鉱の閉山は、主に経済性の低下を理由とした回避しがたい流れであった。つまり、廉価な輸入炭や天然ガス、原子力などが登場した結果である。
しかし、途上国を中心とする多くの国々にとって、輸出に不向きな褐炭に代表される石炭は、引き続き利用価値の高いエネルギー源である。
その近代化や効率化などで温室効果ガスの排出を抑制するならともかく、そうした取り組みもなしにいきなりその利用自体を止めさせようとする今のEUのスタンスは、摩擦を生んで当然といえよう。
石炭発電をやめられない中・東欧諸国
ではこのブルガリアと欧州委員会の摩擦は、どう決着をみるのだろうか。
妥協慣れしているヨーロッパのことであるから、いわゆる「公正な移行基金」からの資金配分を減額すると同時に、とりあえず石炭火力発電の2038年までの運転延長に関しては容認し、以降の稼働延長の可能性には触れないかたちで、事態の決着を図るのではないか。
欧州委員会としても、波風を荒立てたくないのが本音だろう。ブルガリアと同様の問題は、他の中東欧諸国にも共通するものだ。
例えばチェコやポーランド、ルーマニア、スロベニアなどの国々は石炭火力発電への依存度が高く、将来的には原発への電源の移行を模索している。つまりブルガリアと同様の反発が生じる恐れがある国々である。
欧州委員会が強い対応に出ても、また弱い対応に出ても、他の中東欧諸国を刺激してしまう恐れがある。一方で、欧州委員会が率いるEUは石炭火力発電の早期の廃止を世界に訴えかけた経緯があるため、石炭火力発電の延長には慎重にならざるを得ない。そのため両者は、できるだけ双方の顔を立てつつ、あいまいな決着を図るものと見込まれる。
EUの脱炭素化目標は修正せざるを得ない
次なる注目点は、欧州委員会がどの時点で脱炭素化目標の修正に踏み切るかということだ。
ブルガリアのみならず、各国の有権者は欧州委員会が描く脱炭素化路線に対して着実に不信感を募らせている。そのため、欧州委員長の次期体制に大きな影響をおよぼす2024年の欧州議会選が一つのターニングポイントになるのかもしれない。
それでも、欧州委員会が2050年の炭素中立の実現そのものを翻すまでには、まだまだ距離があるだろう。当面は中間目標の下方修正といったかたちで、辻褄を合わせようとするのではないか。
(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)