当初、鉱山労働者や電力労働者たちは、石炭火力発電の廃止後の雇用継続を訴えていたが、その後、石炭火力発電の廃止そのものを撤回するようにその要求を変えるようになったようだ。

デンコフ政権がこの問題にナーバスになる理由は、ブルガリアの政治不安にある。ブルガリアは今年4月に総選挙を実施したが、第1党でも全240議席中69議席の獲得にとどまるなど、政権運営が不安定である。

第2党出身ながら6月に就任したデンコフ首相は、9カ月後に第1党出身のマリヤ・ガブリエル副首相に交代する条件となっている。

2023年10月4日、ドイツ・ベルリンの首相官邸で共同記者会見に臨むドイツのオラフ・ショルツ首相と訪問中のブルガリアのニコライ・デンコフ首相(左)。
写真=EPA/時事通信フォト
2023年10月4日、ドイツ・ベルリンの首相官邸で共同記者会見に臨むドイツのオラフ・ショルツ首相と訪問中のブルガリアのニコライ・デンコフ首相(左)。

EUからの資金より、10月末の統一地方選

そのブルガリアは、10月末に統一地方選を控えている。炭鉱労働者や電力労働者の強い反発が影響を与えるかたちで与党連合が惨敗すれば、ブルガリアの政治不安がさらに高まる事態となる。

こうした事態を回避するために、デンコフ政権は炭鉱労働者や電力労働者に配慮をせざるを得なくなり、石炭火力発電の延命を決定したようだ。

そもそもブルガリアは、EUの「公正な移行基金」から得る資金でこうした鉱山労働者屋電力労働者に対する失業給付や雇用保障を賄おうとした。

したがって、欧州委員会がブルガリアの計画を承認しなければ、EUからの資金配分が見込めないため、ブルガリアの石炭火力発電の廃止に向けた動きそのものがストップすることになりかねない。

国内の3割を石炭火力が担う現実

ここでユーロスタットのデータよりブルガリアの最新2021年時点の電源構成を確認すると、その36%を石炭火力が占めていた(図表1)。

【図表】ブルガリアの電源構成(2021年)

また国内消費量に占める国内生産量(自給率)も89.5%と極めて高く、そもそも石炭は、ブルガリア経済を支える安定したエネルギーである。これをわずか20年足らずで全廃することは、かなり野心的な目標だ。

もともとブルガリア政府は、石炭火力発電に代わる新たな電源として、原子力発電に活路を見出していた。現在ブルガリアには原発が1カ所(コズロドイ発電所の5号機と6号機)しか存在せず、ブルガリア政府は今年1月の『新エネルギー戦略』で、コズロドイ発電所と計画中のベレネ発電所に原発を2基ずつ建設する計画を示している。

ブルガリアは米国の協力の下で新たな原発を建設する予定である。しかしそれには、相応の時間がかかる。それに、再エネ発電の普及にも時間がかかる。そもそも、EUは脱炭素化やデジタル化の推進を打ち出し加盟各国を鼓舞し続けているが、有限なヒトモノカネといった資源をそうした領域の推進だけに割り当てるわけにはいかないだろう。