わたしにもわたしの普通がある
でもそれがわたしたちだ――かつて一般市民だったシカゴの一家が、いまは守衛に囲まれて、一三二部屋もある公邸で暮らしている。近づきやすいとはとても言えない。気軽にできることはほとんどなくて、気まぐれにできることなんてひとつもない。わたしはまだ順応しようとしているところで、現実味をできるかぎり確保して暮らすにはどうすればいいのかと、悪戦苦闘している最中だった。そんななか、娘たちが遊び終わってみんなが帰るときに、オリヴィアといっしょに階段をおりて、お母さんにあいさつすることにした。これは慣例に背く行為だ。普通なら公邸に出入りする訪問者には、ホワイトハウスの案内係が付き添う。でも、わたしにもわたしの普通があった。遊びの約束が終わったら、子どもの親にあいさつして、その日のようすを報告する。わたしの肩書なんて関係ない。そうするのがまともな振る舞いだ。だから、実際そのとおりにした。少し意外だったのは、わたしがホワイトハウスの慣例を変えようとするたびに、みんなが要望に応えようと奔走してくれることだ――ひと騒ぎ起こりがちではあったけれど。
周囲のざわつきからそれはわかった。シークレットサービスの職員が腕のマイクで突然話しだす。想定外の方向へわたしがすすみはじめると、背後で足音が速くなる。
車のドアを開けて話した数分間
あの日、オリヴィアといっしょに太陽の光のもとへ出ると、洗ったばかりでぴかぴかに磨かれた車のなかにデニエレが座っていた。重武装したシークレットサービス対襲撃部隊がどこからともなく現れて車を囲み、デニエレは何事だろうという顔をしている。
これも慣例だ。バラクやわたしが建物の外に出るたびに、こういうチームが警戒態勢に入る。
「ねえ、ちょっと!」わたしは声をかけて、車からおりるように手招きした。
デニエレは一瞬動きを止め、ヘルメットと黒の戦闘服を身につけた護衛たちに目をやってから――門のところで職員から、「自動車から一切外に出ないでください、マダム」とはっきり厳しく指示されていた――、ゆっくりと、とてもゆっくりと車のドアをあけて外へ出た。
わたしの記憶では、その日は数分間話しただけだと思う。でもそれだけでデニエレがどんな友だちになるか、すぐにイメージできた。茶色の目は大きくて、笑顔がやさしい。まわりの異様な雰囲気にかまうことなく、デニエレは子どもたちが遊んでいたときのようすを尋ねた。そして、子どもたちの学校と公共放送での自分の仕事について少し話した。オリヴィアにシートベルトを締めさせると、デニエレは車に戻り、無造作に手を振って走り去った。あとに残されたわたしは、うれしさと好奇心でいっぱいだった。
こんなふうに、またひとつヒナギクが姿を現した。