祖母の介護

少し時間はさかのぼるが、小栗さんが小学校の高学年の頃、76歳の祖母が玄関先で転倒して頭を強打し、血を流して倒れているのを早朝、新聞配達員が見つけた。新聞配達員の声に父親が気付いて祖母を助け起こし、母親が救急車を呼んだ。

時々外の井戸で顔を洗っていた祖母は、足を滑らせた拍子に井戸の囲いで頭を強打したらしい。救急搬送先の病院で入院になり、約半年後に退院。

祖母がいない間、父親が毎晩家に帰ってくるようになったため、小栗さんは「もうこのままずっと入院していてほしい」と思ったという。

しかし元の元気な祖母には戻ることはなく、階段を転げ落ちるように体が弱っていき、80歳を過ぎた頃には徘徊はいかいが始まっていた。

「当時私は高校生でしたが、徘徊と幻覚、幻聴が出始めたことで、祖母の認知症に気がつきました。祖母は過去に本家の同世代のお嫁さんにつらく当たられていたのか、よく家を飛び出しては、その人に『殺されるから逃げるんだ』と言っていました」

小栗さんが大学生になった頃には、祖母は完全に寝たきりになっていた。

「祖母が寝たきりになったのは、祖母の徘徊で私や両親が寝不足になって、たまらなくなった母が病院で睡眠薬を処方してもらい、祖母に飲ませたのがきっかけです。母は祖母を叩きながら無理やり食事を食べさせたり、『あんたのせいで私は不幸になった! あんたが結婚相手を間違えた!』などと金切り声を上げながら、祖母の頬を平手打ちしたりしていました」

トイレ介助は母親が拒否したため、父親がやっていた。しかし、介護に疲れたのか、父親は帰ってこない日が増え、祖母はオムツになった。金銭的にオムツを買えない経済状況のときや、父親が帰って来ないとき、小栗さんが大学の課題や実習、アルバイトで家にいないときなどは、そのまま放置されていた。

入浴は、父親が帰宅しているときに気が向けば入れてやっていたが、「水を使うと風邪を引いて死んでしまう」と信じていた母親は、祖母を入浴させたがらなかった。小栗さんが家にいるときは、濡れタオルで髪や身体を拭いてやるなどしたが、決まって母親が「やり方が悪い!」と金切り声を上げるため、すぐに中断された。

「晩年の祖母の髪にはたくさんのノミがわいていました。わが家には大量の野良猫が住み着いていたので、野良猫から貰ったのかもしれません」

写真=iStock.com/greg801
※写真はイメージです

ある晩、酒に酔った父親は、祖母の髪をすべて剃り落とし、丸坊主にしてしまう。祖母はなすすべもなく、ただ涙を流していた。

「私と父は、母の愚痴をこぼし合うことで終っていました。母を説き伏せようにもヒステリックになるばかりなので諦めてしまい、その時が来るのを待っている感じでした。母は母なりに、一生懸命介護していたようですが、衛生面で無頓着な上に、認知症であることを恥じて、介護サービスは拒否しますし、なかなか病院に連れて行かないので床ずれもひどい有様でした。父や私が手助けすると、『そのやり方では罰が当たる!』などと罵倒されるので、手を出せないのです。母は途方に暮れると、神さまにお祈りばかりしていました……」

いつしか父親は、「井戸で倒れていたときに助けなければ良かった」と言い、祖母は「もう殺してくれ」と懇願するようになっていた。

祖母が歩けるうちは近所の病院に連れて行っていたが、寝たきりになってからは一度だけ、床ずれで訪問診療を受けたのみ。

そのとき床ずれは骨が見えるほど悪化しており、「よくここまで放っておけるね」と医師は驚いていた。しかし幸いなことに、その医師の勧めで、訪問介護体験を受けることになる。

「閉ざされた家に第三者の救いの手が入ることで、家の空気がガラリと変わり、夢のように気が楽になりました。この頃は祖母も嬉しそうにしていました」

訪問介護体験を受け始めてから1カ月ほど経った夜、祖母は様態が急変して入院し、3週間ほどで亡くなった。死因は老衰。89歳だった。

「祖母は晩年、私や父に、『私の育て方が悪かった。一人娘でかわいそうに思って甘やかしたら大変な事になった。許してくれ』と何度も言いました。祖母の死は、私は自分でも驚くほどショックでした。意外なことに、父もひどく悲しんでいて、母は『なんで死んだんや』と泣きながら繰り返していました。あんなに虐待しておいて、何を今更と思いました。めったに家に寄り付かず、少しも介護をしなかった兄はいつも通りでした」

祖母の死後、社会人になっていた小栗さんは、不眠症から網膜剥離になり、2カ月間の休職を余儀なくされた。物心ついたときから重圧をかけ続けてきた祖母からついに解き放たれたことによって、一時的に精神的バランスを崩したのかもしれない。(以下、後編へつづく)

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