ラジオ購入者は「聴取契約書」を届け出

また、ラジオを買った人は、住所、氏名、ラジオ型番、設置場所、使用目的を電波管理局に届け出なければならなかった。当時、電波は国のものとされ、軍事上重要なものとして厳重に管理されていた。そうしなければ、敵性情報を得たり、軍事情報を発信したりする人間を取り締まれないからだ。

ラジオの購入者は、独占企業である協会の放送を聴く目的であることを証明するために、協会との「聴取契約書」を添えて逓信省に上述の届け出を出した。ここが現在とは大きく違うところだ。

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当時の人々は協会の放送コンテンツというソフトを得るために、ラジオ受信機というハードを買った。今日の私たちは、パソコンやスマホというハードを買っているが、それはNHKのソフトを得るためではない。だから、「NHKを受信するために買ったものでもないのに、なぜ持っているだけで受信料を取ろうとするのだ」と怒る。

国と軍部と一体化する「特殊な関係」へ

さて、コンテンツと対価の関係は正常だったが、協会と国家・軍部との関係は「特殊」になっていった。協会が設立されて1年後、逓信大臣の安達謙蔵は協会に関して次のようにいった。「国家非常の場合、この放送は唯一無二の大通信設備として国勢に供せられる」

私設無線電話施設者である協会に、ありがたくも国家の電波を使わせてやっているのだから、一朝ことあるときは、一つしかない放送ネットワークは、国家のために奉公しなければならない。(以下、拙著『NHK受信料の研究』を踏まえている)

折から日本は中国に積極的に進出し、国民党の蒋介石と衝突し始めていた。協会も海外にネットワークを広げた。1931年に満州事変が勃発すると、その年の9月から翌年の10月までの間に「時局関係番組」つまり、「満州は日本の生命線であり、ここに進出していく国民の覚悟と奮起を促し、世論の方向を支持する番組」を260本も放送した。

私設無線電話施設者は、国および軍部と一体化して、海外にネットワークを広げ、国策プロパガンダ機関になっていった。逓信省の元幹部が協会に天下り、かわりに受信料の支払いを郵便局で受け付け、不払い者には郵便局員を差し向けた。協会と逓信省はべったりの「特殊」な関係になっていく。

その結果、受信料があたかも公共料金であるかのように錯覚されることになった。現在のNHKと総務省もこのような関係を引きずっている。