とにかくおいしい「マンサフ」
あるとき帰国前日であったであろうか、調査隊全員で博物館の館長から宴会に招待されたことがある。ちょうどいい感じの気温の夜であった。
町から少し離れた砂漠の中の小さなオアシスまで車で行き、そこでテントのような大きな幕を張った場所に連れて行かれた。離れというかちょっとした別荘のような印象だ。地面に絨毯が敷かれた上にみんなで順番に座り、各自にコカ・コーラでもペプシコーラでもない名も知れぬコーラやスプライト的な炭酸飲料などの飲み物が配られた。
私が手にしたのは、「スポーツコーラ」という名前だった気がする(違ったかも)。コカ・コーラよりも甘いペプシコーラよりさらに甘い味のするコーラであった。日本では考えられないくらいのペースで炭酸飲料は毎日飲んだ。暑い国では甘い飲み物が必須なのだ。エジプトでも毎日リットル単位で清涼飲料水を飲む。健康に悪い。
トマトとキュウリを角切りにして混ぜたサラダやホンムスと呼ばれるパンに付けて食べたりする豆のペーストが数種類並ぶ中央にメインディッシュが置かれていた。マンサフだ!
一般的にはヨルダン料理として認識されているこの料理は、シリアのパルミラでも結婚式などの記念日に饗されることが多い。ハレの日のメニューなのである。マンサフは大皿にインドのナンとよく似た無発酵パンを最初に敷く。その上に炊き込みご飯を山盛りに乗せ、さらにその上にヨーグルトを使用して煮込まれたヒツジ肉を乗せるのである。
豪快で見栄えがする。そしてとにかく美味しい。遊牧民ベドウィンの伝統的料理だと聞いている(ちなみに私は東京の神保町にあるパレスチナ人シェフが料理を作るお店で、シリアと変わらないくらいの大皿のマンサフを特注し、友人たち8人とシェアして食べた事がある。全部食べ切れずに持ち帰った)。
羊の遺体とにらめっこ
マンサフはおもてなし料理なので取り分けられて招待客に配られる。生贄のヒツジを屠ったときに我々に配分された赤身の部分ではなく、その他の内臓的な部位が目の前にやって来るのである。目玉もそのままの頭部が絶妙な焼き具合で食卓に並ぶ。
もう少し火を通して欲しいのだが……。まんま出てくるので、かなりグロテスクだ。ホルモンが苦手な人には悪夢のような地獄の光景が目の前に出現する。どれがどの部位かが一目で分かってしまう形状をしたものが多い。歯がむき出しになったヒツジの顔と目が合ってしまったりするのだ。
私が生まれ育った町では、商店街にある肉屋の店先にブタの首が並べられていたりしたので、他の隊員たちほどは違和感や恐怖感を持たなかったと思う。しかしさすがの私も食べやすい部位だけ選んでいただいた。焼肉のたれでも日本から持参してくれば良かった。