手術中に投与された麻酔薬が原因で2人が死亡

この事件から約2カ月後の5月半ば、同じマタモロスで整形手術を受けた米国人2人が脊髄硬膜外に投与された麻酔薬が原因で真菌性髄膜炎を発症し、死亡したことが、CNNなどの報道で明らかになった。真菌とはカビの総称である。

米国疾病予防管理センター(CDC)がメキシコ保健当局から得た情報では、2023年1月から5月までに真菌性髄膜炎で死亡した米国人は2人だが、他に発症の疑いや可能性のある患者が18人いることがわかった。髄膜炎の特徴は、最初は発熱、嘔吐おうとなどで軽症でも、すぐに重症化して生命を脅かす危険があるという。

このようなリスクがあるにもかかわらず、整形目的でメキシコを訪れる米国人は一向に減ることはない。医療ツーリズムに関するリソースを提供する情報調査会社「国境を越える患者(PBB)」(本社:ノースカロライナ州)の最新データでは、年間100万人超の米国人が医療目的でメキシコを訪れ、治療別では歯科治療が約65~70%で最も多く、美容整形が約15%、肥満治療が約5%となっている。

歯科治療が多い背景には米国では歯科保険に加入していない人が多いことと、メキシコで被せ物や歯根管治療などをすれば米国の3分の1から4分の1程度の費用で済ませることができるという事情がある。また、美容整形に関してはメキシコの治療費の安さに加え、米国内の整形ブームも影響していると思われる。

医療ツーリズムの背景にある「過剰な整形ブーム」

世界的な統計調査データサイト「スタティスタ」が発表した2021年の美容整形施術数の世界ランキングを見ると、米国は734万7900件で、2位のブラジル(272万3640件)、3位の日本(174万5621件)、4位のメキシコ(127万605件)を大きく引き離し、断トツの1位となっている。

日本は3位だが、その特徴として薬剤注射やレーザー脱毛などいわゆる「プチ整形」の割合が高く、メスを入れる外科手術の割合は低い。つまり日本人は整形で大きなリスクを取りたがらないということだが、それと正反対なのが米国人である。

写真=iStock.com/Robert Daly
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それは筆者が約20年前、米国で美容整形の患者や外科医を取材した時に強く感じたことだ。米国では豊胸やフェイスリフト、脂肪吸引など外科手術の割合が高く、しかも後遺症や医療ミスなどのリスクがあっても自分が求める体型を実現するために手術を受ける人が多い。

たとえば、「巨乳信仰」が強い米国では豊胸手術が大人気だが、筆者が取材した患者の中にBカップからDカップにして夫婦関係が盛り上がったという30代の女性がいた。ところが彼女の幸せは長く続かず、手術から約半年後に頭痛や視力低下などの体調不良に襲われた。「豊胸手術が原因ではないか」と思い、複数の医師の診断を受けたが、はっきりした原因はわからなかったそうだ。しかし当時、豊胸手術を受けた人で体調不良を訴える人は少なくなかった。

それからシリコンと生理食塩水を混合した人工乳房を入れた女性にも取材したが、彼女はある朝ベッドから起き上がろうとした瞬間にそれが破裂し、激痛に見舞われた。その時の状況を「まるで100本の針が胸に突き刺さったような恐ろしい痛みだった」と話した。