日本のリーマン・ブラザーズ証券も破綻
ベアー・スターンズ救済の半年後、米国第4位の証券会社リーマン・ブラザーズが経営危機に陥る。
しかし今度は、FRBも米国財務省も救いの手を差し伸べなかった。
2008年9月12日、ポールソン財務長官はあらためて公的資金の使用を否定した。
このようにして起こったリーマン・ショックは、米国だけにとどまらず、世界中に大きなショックを与えた。
日本法人のリーマン・ブラザーズ証券は、従業員1200人を抱え、東証売買代金で証券会社トップに立つビッグプレーヤーだった。
9月12日の夜、ポールソン長官の「リーマンの買収交渉が難航している」との報告が日本側にもたらされ、翌13日の土曜日にはFRB議長のバーナンキからも「リーマンの破綻法申請は不可避」との連絡が日銀にもたらされる。
結局、9月16日、日本法人リーマン・ブラザーズ証券は、東京地裁に民事再生法の適用を申請。負債総額は3兆4314億円で、戦後2番目の大型倒産となった。
ニューヨークダウが史上最大幅の暴落
リーマン・ブラザーズが破綻したその日、米証券会社第3位のメリルリンチも破綻したが、こちらはバンク・オブ・アメリカに救済売却された。
米国政府は、日本でいえば三洋証券のような“準大手”のリーマン・ブラザーズに対してはハードランディングの対処をしたが、四大証券クラスに相当するメリルリンチは救済するという明確な方針で臨んだのだ。
さらに、その翌日には、大手保険会社AIGがFRBから緊急融資を受け、公的管理下に入る。
その後も、欧米の金融市場のあちこちで火の手が上がり、信用収縮の連鎖が広がった。
それは、1929年の大恐慌を彷彿とさせる規模となる。
米議会で「金融安定化法」が否決され、ニューヨークダウが史上最大幅の暴落を演じたのだ。