「余命」を平気で切り捨てる

交通事故の取材を長年続けてきた私のもとには、重大事故の被害者から、「実際にはきわめて低い提示額を突き付けてくるのに、無制限という表示で自動車保険を販売するのはいかがなものか」という疑問や怒りの声とともに、深刻な事例が、数えきれないほど寄せられてきました。判決が確定した事例をいくつか紹介します。

1996年、自転車に乗車中、大型トレーラーにひかれ、遷延性意識障害(いわゆる植物状態)になったAさん(当時68歳)の場合、損保会社は「寝たきり者は長く生きられない」として余命7年の賠償金を提示してきました。しかし、2002年、東京高裁は平均余命までの22年分の逸失利益や介護費用を認める判決を出し、差額の4500万円が支払われました。

2001年、飲酒運転の車にはねられ遷延性意識障害となったBさん(当時37歳)の場合も、損保会社は同じく、余命を10年として賠償金を計算してきました。しかし、このケースも一審の千葉地裁、二審の東京高裁ともに、平均余命までの損害を認め、2007年、被告側に4億円を超える賠償金を支払うように命じる和解が成立しました。

しかし、裁判所がこうした判断を下しているにもかかわらず、その後も寝たきりの被害者に対する余命の切り捨て行為は続いています。

妻は交通事故で寝たきりになった

奥さまが交通事故で全身まひとなり、損保会社の過酷な払い渋りに翻弄ほんろうされた体験を持つ松尾幸郎さん(現在アメリカ在住)は、11年前、取材にこう語っておられました。

「なぜ加害者側の損保会社に、“命”の期限を勝手に切られなければならないのか。果たしてこれが、無制限保険のやることなのか……」

松尾さんの妻・巻子さん(当時62歳)が突然の事故に遭ったのは、2006年7月のことでした。車を運転して帰宅途中、居眠り運転で中央線を突破した対向車に正面衝突され、頚髄損傷、脳挫傷などの重傷を負ったのです。

写真提供=松尾氏
事故後に撮影された巻子さんの車。

巻子さんは一命は取り留めたものの、人工呼吸器をつけた状態で寝たきりとなりました。事故の瞬間から、会話をすることも、口から食事をとることもできなくなってしまいました。

加害者の男性(当時20歳)は対人無制限の任意保険に加入していました。ところが、損保会社(日新火災海上保険)は巻子さんが入院していた個室の差額ベッド料だけでなく、人工呼吸器まで“過剰”だと、入院治療費を減額してきたのです。

さらに、脳外科医が書いた論文をもとに、「寝たきり者は長く生きられない。余命は5年を超えることはなく、4.4年である」として、本来なら平均余命まで算出すべき巻子さんの介護費用や逸失利益は大幅に減額してきたのです。

「あのときは本当にこたえました。加害者の一方的な不法行為で、妻を死ぬよりつらい状況にさせておきながら、すべて否定、否定、なのですから……」(松尾さん)