自動車保険の「対人・対物無制限」とは、どういう意味なのか。ジャーナリストの柳原三佳さんは「いざ事故が起きると、損保会社は被害者に対してかなり低い賠償額を提示するため、トラブルとなるケースが相次いでいる。何のための無制限保険なのか。社会全体で考える必要があるのではないか」という――。

11歳の少女が重機にひかれ、死亡した

万一の事故に備え、被害者に対して十分な賠償ができるようにと、対人・対物「無制限」の自動車保険を契約している人は多いでしょう。

しかし、いざ事故が起こると、損保会社からはかなり低い賠償額の提示をされ、被害者側がそれに納得できず訴訟に至るケースが少なくありません。事故に備えるはずの保険が原因で、さらに被害者の尊厳までも傷つける事態になっているのです。

そのひとつが、最近メディアで頻繁に報道された「交通事故で亡くなった聴覚障害女児の逸失利益」をめぐる民事裁判です。

事故は2018年2月、大阪市生野区の大阪府立生野聴覚支援学校前の交差点で起きました。下校中に信号待ちをしていた同校小学部5年の少女(当時11歳)が、暴走した重機(ホイールローダー)にひかれ、死亡。一緒にいた児童ら4人も骨折などのけがをしました。

運転していた当時30代の男性は、事故直前にてんかんの発作で意識を失い、事故を起こしました。持病を会社に隠して運転していたのです。この男性は危険運転致死傷罪で懲役7年の実刑判決を受け、現在刑務所に収監中です。

聴覚障害を理由に保険金を払い渋る保険会社

問題は、当事者間の損害賠償の交渉で起きました。事故を起こした男性側(実質的には損保会社の三井住友海上)は、亡くなった少女のご両親に驚きの主張をしてきたのです。

下校中に交通事故で亡くなった井出安優香さん
下校中に交通事故で亡くなった井出安優香さん。(写真=遺族提供)

少女には生まれつきの聴覚障害があったことから、逸失利益(将来得られたであろう収入)を女性平均賃金の40%(年153万520円)を基礎収入として算出すべきだ――。こういった内容でした。

その理由は、「聴覚障害者には、9歳の壁、という問題があり、高校卒業時点での思考力や言語力・学力は、小学校中学年の水準に留まる」というものでした。

「9歳の壁」や「逸失利益の減額」の主張について、同社がどのように考えているのか、また、「被告(※三井住友海上にとっては契約者=お客様)が、裁判でこのような主張をしていることを把握しているのか?」について質問しました。2021年時点の三井住友海上(広報部)の回答は以下の通りでした。

「お客さま(被告)にかかわる個別のご契約につきましては、守秘義務がございますので、回答は差し控えさせていただきます。係争事案は、個別の事情に応じて法廷でご判断されるものでございますので、法廷を尊重する立場から、一般論の回答を差し控えさせていただきます」

この理不尽な主張に、亡くなった女児の両親はこう訴えています。

「娘は11年間、必死に努力し、頑張ってきました。将来、たくさんの可能性を秘めていました。にもかかわらず、『聴覚障害がある』という理由だけで差別され、侮辱を受け……。親としてどうしても黙っていることはできません」