すべては落語のため

挨拶がすむと、談志は「なんでも聞いてくれ」と言った。以下は質疑応答の記事の抜粋である。

【私】まず、これからの落語界について伺いたいですが。

【談志】僕がいる限り、落語は衰退させませんよ。

【私】若手の売れっ子は、落語以外の仕事が多過ぎて、落語をおろそかにしている傾向があるようですが。

【談志】マスコミに対して落語の部分を切り売りして、落語を宣伝するのはいいんだ。でも、落語以外のところに栄光があっちゃいけない。最終的には落語で栄光をつかまにゃ。(中略)だって、今トリで客を呼べるって言ったら、圓生、小さん、談志、志ん朝、円楽くらいのもんでしょ。もっと実力と人気を兼ね備えた若手を育てなきゃ。

【私】政治については?

【談志】こんなことやらなきゃもっと落語に専念できるんじゃねえかって言う人もいますけど、僕の持つ業ってのか、しようがねえんだな。落語家の現実体験としちゃ面白えし、まあ、権力をいい意味で利用してね。なんとか落語界のプラスになるようにできりゃいいよ。(中略)

【私】最後に一言。

【談志】寄席に客が来ないのは、芸人がてめえの芸に自信をもたないからなんです。芸人あっての客なんです。僕は絶対客に媚びない。

自分を「僕」と言っていることに注目だ。私の知る限り、家元の一人称は、「あたし」か「俺」である。国会議員なのを意識して、「僕」だったのかも知れない。

駆け出しのライターにかけた優しい言葉

「ありがとうございました」と挨拶してテープレコーダーをしまう私に、談志が訊いた。

「あなたは報知の演芸担当なの?」
「いいえ、フリーのライターで演芸評論家志望です」

すると談志は、「ふーん」と、意外そうな顔をして、「それは奇特なこった。金にならないだろうに」と言った。

「でも、好きな道ですから」
「うん。落語家になる奴らもそうなんだ。好きな道で栄光がつかめるといいがね」

若造のライターに、談志は優しい言葉をかけてくれた。感激したのは言うまでもない。

この日以来、私は談志の周辺に起こる様々な出来事を、まるで「番記者」のように取材することになる。