ロシアと中国が連携して日本に対峙する構造を、阻止しようとしていた
首相在任中、安倍氏はプーチン大統領と27回も日ロ首脳会談を行い、北方領土問題の交渉と、平和条約の締結に向けて努力を重ねました。日米同盟の強化とともに、日米同盟の枠内で日本の独立を確保することを真摯に考え、そのためにロシアとの関係改善を図っていたことは間違いありません。それを読み取ったロシアの政治エリートは、安倍氏を尊敬していました。
岸田政権は、「安倍政権時代の官邸主導の素人外交を止め、外務省主導の専門家による外交を取り戻した」という評価をされる場合があります。これは誤った評価です。安倍官邸の高いレベルの外交についていけなかった一部の外務官僚の不平不満が、表面化したにすぎません。当時の安倍官邸の外交を支えた前国家安全保障局長の北村滋氏はトランプ大統領、プーチン大統領とも会談しており、国際的にも高く評価されていました。
強いロシアと合意して北方領土を取り返すという安倍氏のアプローチにも、説得力がありました。ロシアと中国が連携して日本に対峙する構造が作られることを、安倍氏は阻止しようとしていたのです。
道半ばでの退陣を余儀なくされましたが、北方領土交渉は着実に前進していました。そのことは、プーチン大統領から引き出した発言を振り返ればわかります。たとえば、2016年12月16日の共同記者会見です。
「(安倍)首相の提案を実現していけば、この島は日ロ間の争いの種ではなく、日本とロシアをつなぐ存在となる可能性がある。(中略)首相の提案とは、島での経済活動のための特別な組織をつくり上げ、合意を締結し、協力のメカニズムをつくり、それをベースにして平和条約問題を解決する条件をつくり上げていく。(以下略)」
安倍首相時代の日本外交は、一貫して対話重視であり、どこまでもリアリズムで戦略的でした。アメリカが軍事支援を続けるウクライナでの戦局の行き詰まりが、その真価を浮き彫りにしつつあります。