勝者効果は観客にも表れる

勝利を収めたあとの選手の体内では、男性ホルモンの一種であるテストステロン値が高まることがわかっている。生きる活力や決断力などバイタリティを高める作用のあるテストステロンの分泌は、勝利後におとずれる高揚感を醸成する。これを「勝者効果」という。さほどからだを使わないチェスやビデオゲーム、また為替のトレーダーが利益を上げたときにもこの効果がみられるという。

興味深いのは、この「勝利効果」が「する人」だけでなく「見る人」にも表れるところである。チームや選手が勝利を収めてよろこぶ様子を見るだけで、当の選手たちと同じようにテストステロン値が上昇する。さらに感情移入している贔屓チームや選手なら、それは顕著らしい。

人類史そのものが生存競争の連続だったからだろうか。どうやら私たちのからだは、競争をしたり見たりすればおのずと高揚するようにできている。

さらにいえばスポーツがもたらす高揚感は、脳科学が明らかにした「ミラーニューロン」からも説明が為されている。

私たちの脳内には無数のニューロン(神経細胞)が張り巡らされており、そのうちのひとつにミラーニューロンがある。これには視覚で捉えた動作をまるで鏡写しのように読み取る働きがある。他の人の動きを見ているだけなのにまるで自分がやっているかのように感じられ、たとえ自分にはできない動きであっても、その動きをしたときと同じような反応が脳内で起きているという。

観客は脳内でアスリートと一体化している

たとえば、アルゼンチン代表のメッシ選手の多彩な動きを見た人の脳内は、メッシ選手のそれと同期している。巧みなドリブルで相手を抜き去る、あるいは爽快にゴールを決めるときの彼に、その瞬間はなりきっているというわけだ。勝利のみならず、卓越したパフォーマンスを見たときのあの高揚もまた、科学的に立証されている。

勝利、またハイパフォーマンスがもたらすこの高揚感こそ、まさにスポーツ観戦がもたらす愉悦である。この愉悦を求めて私たちはスポーツを観る。思わず拳を握り、身を乗り出すというリアクション、そしてそれにともなう感情の昂りは、なんとも心地よい。だからスポーツ好きな人は足しげくスタジアムに通い、スマホやテレビなどの画面にかじりつく。

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つまりスポーツ観戦から得られる愉悦は、からだがダイレクトに感受している。だからこそ、観戦態度はつい過剰になる。からだの内奥から突き上げる衝動は抑えにくいからだ。