加害者へのカウンセリングが必要だった

一方、容疑者に対して、警察は禁止命令を出したものの、加害者をカウンセリングなどにはつなげなかったことがわかっている。その理由として、加害者には明白な精神障害が認められなかったためとしている。ここに大きな誤解がある。

まず、上で紹介したリスクファクターを見ると、精神障害はそれに含まれていない。実際のところ、精神病患者がストーカー行為を含む犯罪行為に至ることはきわめてまれである。

なかには、恋愛妄想を抱いて、まったく関係のない他者に病的な恋愛感情を抱いたり、「人を殺せという声が聞こえた」「電波に操られた」という幻覚妄想状態で犯行に及ぶこともあるが、それは例外的であると言ってよい。しかし、一般の人々はそうした理解不能な精神病者の犯罪に恐怖心を抱きやすく、精神障害は重大な犯罪のリスクファクターだととらえがちであるが、それは間違いであると知っておく必要がある。

したがって、今回の警察の対応において、「精神病が認められなかったからカウンセリングにつなげなかった」のは間違いである。精神病ではなかったからこそ、そしてリスクファクターが多数認められる可能性があるからこそ、カウンセリングなど専門家にゆだねるべきであったのだと言える。

とはいえ、現在わが国では、ストーカーの専門家は極めて少なく、カウンセリングにつなげたところで、適切な対応や治療ができる専門家がほぼいないのが現状である。これこそが最大の課題であり、今後どのような対策を取ることが望ましいのか、以下に海外の事例や研究を見ながらその方向性を見ていきたい。

まずは加害者のリスク評価を

これまで、ストーカー規制法は、事案や時代の要請に対応できるよう何度か改正されてきたが、それでもこのようにまだ多くの問題が残っていることがわかる。

オーストラリアの臨床心理学者マッケンジーらは、ストーカー行為は、「より深刻で広範な問題を背景にした行動である」とし、「ストーカー行為の背景にある精神・心理学的要因を無視して、法的規制をすべてストーカーに対処する万能薬とみなすのは明らかにナンセンス」であると断じている。そのうえで、「最適な介入を行うためには、最低限、精神医学的および心理学的要素を含む学際的なアプローチが必要」と主張している。

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適切な介入のためには、まず「専門家が標準化されたリスク評価ツールを用いて加害者のリスクを評価することが重要である」という。

禁止命令のような法的措置が効果を発揮する例があることはたしかだろう。しかし、今回の事件のように、破れかぶれになった加害者が、そのような命令を無視して犯行に及ぶこともある。事実、これまでの研究を見ても、禁止命令が危険で暴力的なストーカー行為を防止できるという明白なエビデンスがないことがわかっている。

したがって、まずは誰が危険なストーカーになるのかを、先述のリスクファクターに基づいて科学的に構成されたリスク評価ツールを用いて専門家が評価することが重要である。何十万人もいるストーカー全員に治療を施すことは現実ではないし、実際大半のストーカーが暴力的ではないことを考えると、危険なストーカーを科学的にあぶり出して、リスクの小さいケースについては次に紹介する対処を取り、リスクの高い者に的を絞って、そのあとに紹介する協力な心理学的介入を行うべきである