147人の「王たち」が集まり、民主主義を敷く

彼らに180年の歴史があるように、風雪を耐えて生き残っていく団体が、時代に応じてその伝統を少しずつ変化させていくことは自然なことである。ウィーン・フィルはどのようにして土着の音楽文化の中で伝統を守りながら、改革を行なっているのだろうか。

2017年に新楽団長に選出されたダニエル・フロシャウアーはこう言った。「まず一番大切な私の仕事は、各奏者全員が何を考えているのかを丁寧に聞くことだ。どの指揮者が好きだとか、どの歌手を呼ぼうだとか、子供が病気だとか、自分が何をしたいだとか、とにかく耳を傾ける。

批判的になったり、そんなことは重要ではないと簡単にジャッジしたりする姿勢を見せてはならない。そうしないと誰も私に本音を話さなくなってしまう。それはオーケストラの崩壊に繋がるだろう。全ての奏者の声に耳を傾ける。それが私の仕事の最も重要なことだ」

147名の奏者全てが個人事業主の集まりであり、かつ意思決定の最高機関である総会の議決権を持つ。奏者は一流の演奏技術を持ち、それぞれに音楽的背景があり、大学教授などの肩書きを持つ面々だ。それらの独立した面々をして、元楽団長のクレメンス・ヘルスベルクは「王たち」と称し、その運営形態と合わせて「王たちの民主制」と呼んだ。君主たるものが集まり、そこに民主主義を敷く。矛盾する二つの単語を並べたヘルスベルクは「ウィーン・フィルにおいて、その他の在り方は考えられない」と述べている。

「家族」のような関係性で最高の仕事をする難しさ

他方、ヘルスベルクが楽団長を務めた時期の事務局長、フルート奏者のディーター・フルーリーは、ウィーン・フィルを“親密な関係”という意味合いで「家族」と称した。これは現楽団長フロシャウアーも同じで、「運営上の問題でどんなに揉めていたとしても、それは一時的なもので、話し合ってじっくり解決することができる。家族と同じだ」と、個人主義の独立性を重視しながら、そこには親密な関係性が含まれていることを示している。

この両立は簡単なことではない。練習から本番まで常に顔を突き合わせる面々の、ともすれば近すぎる関係性の中で、楽団長は対話を常に求め、事が起これば多数決で解決するこの運営方法は、とても効率的とは言えない、時間と手間のかかるものだ。

若手が不満を口にすれば年長者たちが苦言を呈する、という世代間の対立もある。指揮者選定やプログラムの決定といった音楽的な面だけでなく、収益配分や休暇調整など、個人の事情や感情に左右される問題もある。それでも彼らはオーケストラのマネジメントを第三者に委託せず、180年もの間、自主運営を続けている。