思いがけない誕生日プレゼント

翌日、少し回復した様子の母親に、宮畑さんが「何があったの?」と訊ねると、母親はきょとんとし、しばらく考えると、「嫌いな刺し身を食べて食あたりを起こした」と言った。

「一緒に帰って信州で暮らすか?」

宮畑さんがそう言うと、母親はごちゃごちゃといろいろなことを口にしたが、最終的には同意する。

「一緒に暮らしている男性はどうする?」と問いかけると、「もう、あそこには帰りたくない」と母親。

宮畑さんは驚いた。半年前の母親は男性に信頼を寄せている様子で、死ぬまで添い遂げるようなことを言っていたのだ。それなのに今、目の前の母親の口から出る言葉は、男性の悪口ばかり。

翌日、宮畑さんは、母親と男性が暮らしていた家を訪問。80代と見られる男性は、宮畑さんをにこやかに迎え入れ、数日間の経緯を話してくれた。

母親が高熱を出し、食欲がなくなり、体重がどんどん落ちてきた。水分も摂れず、高熱が下がらないため救急車を呼んだのだという。おそらく刺し身を食べて腸炎を起こしたことによる高熱だったのだろう。

さらに男性によると、母親はうつ病のような症状があったため、何年もの間、心療内科に通っていたと話し、「心療内科の担当医が変わってからおかしくなった」と怒りをあらわにする。おかしくなった母親をどうにか戻そうと思った男性は、母親が処方された薬を調整するようになったようだ。

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ここで宮畑さんは、現在の母親の状況を男性に伝えた。すると男性は、「わしと暮らすようになっておかしくしてなってしまった!」と言って泣き出した。

宮畑さんが、母親を信州に連れて帰ろうと考えていることを話すと、男性は猛反対。しかし、男性は高齢でがんも患っており、足腰も悪くつえをつかないと歩けないため、母親の世話は難しいだろうと宮畑さんは思った。

男性は、「あいつの介護なんかしたらあんたらの生活が崩壊するぞ!」と口走ったが、宮畑さんには意味がわからなかった。「母がここへ帰りたくないと言っている」という言葉が喉元まで出ていたが、長年お世話になった男性にとどめを刺すようなことは言えなかった。

宮畑さんはいったん病院へ戻った。すると妻や妹のほか、母親の2人の妹とその夫が集まっており、男性とのやりとりを話すと、一同は表情を曇らせる。そんな中、男性に「二度と会いたくない!」と憤る母親に、宮畑さんの妻が、「お世話になったのだから、お別れのあいさつくらいしよう?」と促すと、母親はその言葉に応じた。

妻と妹と母親の3人で男性の家に行き、万が一に備えて宮畑さんが近くで待機していると、男性は女性ばかりが来たことをいいことに、3人を口汚く罵倒。しかし母親がはっきりと、「もう、あなたの面倒を見られません!」と男性に告げると、男性は絶句し肩を落とした。

信州へ向かう日。退院の手続きを済ませ、病院の近くのファミレスで親戚たちと食事をした後、母親の下の妹の夫が、「いい誕生日プレゼントだな。これからが長いだろうけど頑張るように」と言い、宮畑さんの肩を叩いた。

そう言われて初めて宮畑さんは、今日が自分の44歳の誕生日だということを思い出した。