「彼女は私だ」のデモ行進
事件から1カ月も経たない20年12月6日、大林さんを追悼する集会が代々木公園で開かれた。約170人が集まり「彼女は私だ」「路上生活者に暴力をふるうな」というプラカードを持って渋谷駅周辺をデモ行進した。参加した一人に話を聞く。
「本当に他人事ではない。明日は私の身に降りかかってくる出来事かもしれません」
取材で5回、幡ヶ谷に通った。バス停付近の店の人に、事件の話を聞いても素っ気ない答えしか返ってこなかった。中華料理店の女将は「ああ」と答えただけで、話にはのってこない。散歩をしていた高齢の男性が言う。
「もちろん事件があったのは知っているよ。事件の直後は、たくさんの報道陣が来たからね。でも、もう騒がないでほしい。幡ヶ谷の町の魅力が下がっちゃうようで。いい町なんだよ、昔から――」
3回目の訪問で、40年以上も幡ヶ谷の地域に住んでいるという70代の女性に話を聞くことができた。自分は賃貸マンションに住んでいるが、地元の人々は、所有する土地にマンションを建て、そこの家賃収入で生活している人も多いのだという。
「8050(ハチゼロゴーゼロ)問題というのですか。引きこもりらしき息子と溺愛する母親、そんな親子をこの地域ではたくさん見かけますよ。都心のマンションの家賃収入なら、家族が食べるには困らないですからね。マンションの管理をしながら暮らしている人は、子どもの同級生にもいる。うちのマンションの管理人も大家の息子。捨てたゴミをいちいち開けて調べるし、燃えないゴミが入っていようものなら烈火のごとく怒る。あの子大丈夫かしら、事件を起こさないかしらと夫と話していました」
事件の1年後の21年11月、新宿で追悼集会が行われ、女性たちがふたたび集まった。22年になっても、バス停には花が手向けられていた。
誰もがちょっとしたきっかけでホームレス状態に陥る
ホームレスが襲撃されたのは、何も今回が初めてではない。
20年1月には上野にいた女性が男性からの暴力を受けた。また同年3月、岐阜で80代の男性ホームレスが大学生から暴行を受けた。双方とも亡くなっている。80年代から現在まで、ホームレスの襲撃事件は、わかっているだけでも27件だといわれている。21年12月には、新宿歌舞伎町界隈などで寝泊まりしながら清掃ボランティアをしていた、ホームレスの男性(43歳)が“トー横キッズ”と呼ばれる若者たちに殴られて死亡している。
いくつもの事件がある中で、大林さんの事件はなぜ心を揺さぶるのか。それはこの事件に、明日の自分を見ているからである。
「ひょっとしたら、将来の私かもしれない」。女性たちは、そこに共有できる不安を抱えている。
「事務所からすぐ近くで起きた事件。もしかして救えたかもしれないと残念でならない」と、渋谷区に事務所がある林治弁護士は後悔の念にかられていた。
「本当にちょっとしたきっかけでホームレス状態にまでおちいってしまう人がたくさんいる。今は動いているからなんとかなっているけれど、止まったら途端に、生活が苦しくなっていく人は多いと思います。僕のところにも毎月ならかろうじて家賃を払えるけれど、家賃の更新時期にやはり苦しく、そこで生活がたちいかなくなるという話も聞きます。きっと潜在的に家の問題で困っている人たちがいるのだと思います」