元劇団員でアナウンサー志望だった
新型コロナウイルスは、ぎりぎりのところで生活していた人たちを、さらに奈落の底に突き落としたのである。
NHKのドキュメンタリー番組「事件の涙 たどりついたバス停で~ある女性ホームレスの死~」で、埼玉県に住む大林さんの実弟が、彼女の人生を語っている。
20代で劇団に所属して俳優やアナウンサーを目指していたこと、結婚して上京するもののDVが原因で離婚したこと。当時、最先端だったコンピューター系の会社に就職したが、退職や転職を繰り返して50代を迎える。
やがてスーパーで、店頭試食販売員の仕事に就いた。一緒に仕事をしていた女性が証言している。「快活で、子どもに優しかった」と。
大林さんは家賃滞納でアパートを追い出されとみられ、職場にキャリーケースを持ち込んでいた。ネットカフェで寝泊まりしており、派遣元の会社には、何度となく「シフトを増やして」と交渉していたといい、生活を立て直すことに意欲を見せていたそうだ。しかし20年に入り、仕事はなくなった。
繰り返すが、発見されたとき彼女の所持金は8円。携帯電話は持っていたが、料金未払いでつながらなかったという。
「彼女にこの場所からどいてほしかった」
事件から5日後、母親に付き添われて警察に自首したのは、近所に住む吉田和人(当時46歳)。石の入った黒い袋で、彼女を殴打し、傷害致死罪で逮捕された。「彼女にこの場所からどいてほしかった」「お金をあげるから、この場所からどいてほしい」「応じてくれなかったので腹が立ち、痛い思いをすれば、どくと思った」
そう犯行を自供したが、「まさか死ぬとは思わなかった」と殺意は否認しているという。
家の前の掃除が日課。彼の生きるその世界に、大林さんがいたことが気に入らなかったのか。彼はなぜ大林さんにどいてほしかったのか。その理由が気になった。