意図しない「否定」でトラブル発生の実例に学ぶ

ここで実際にあった、ある団体での話をご紹介しましょう。

その団体は、様々な企業の人事担当者を集めて定期的に勉強会を開いている業界団体で、勉強会の司会進行役はボランティアとして、とある会社の人事担当であるAさんが長年務めてきました。

あるとき、Aさんが団体を辞めることになり、「誰か代わりの人を選出しよう」という話になったことがありました。

その団体の事務局長の方は、比較的自由に担当者が物事を決めて進めることを好んでいたという背景もあり、Aさんは、事務局長の許可を得ることなく、「誰か、勉強会の司会進行役をやりたい方、いませんか?」と、メンバー全員に対して公募をかけてしまったのです。

結果、2カ月前に団体に入られたばかりで、勉強会にはまだ一回しか参加したことがなく、進行手順などをよくわかっていない方が手を挙げるということが起きました。困ったのは、その事務局長です。

いくら自由に決めていい文化があったとしても、「団体を代表するイベントの司会進行役」という大役を、事務局への確認もなく、メンバー全員に募集をかけるという乱暴な進め方をするとは思っていませんでした。

結果的に、団体のことやメンバー構成、勉強会の進め方などの理解が足りないと思われる人物が手を挙げてしまった。いささか不都合な状況になったな、と事務局長は感じていました。

そこで、事務局長はこの状況に対して、「介入しなければならない」と決断しました。慎重に慎重を重ねて、事務局長は、Aさんに次のように伝えました。

「今回のことは、司会進行役という団体にとって大切な人を選ぶことなので、ひとりで決めるのではなく先に相談してほしかった。責任感から動いたことは理解できるが、団体全体の課題として先に運営に携わる人に相談して決めたことなのか。もし、そういった事前の相談がなかったのなら、あらためて事務局メンバーを集めて相談のうえ選考基準を決めてほしい」

ところが……。「私は自分が抜けることに責任を感じて、やる必要もないことを好意でやっているのに、それに文句を言われるなんて心外だ。それに無報酬のボランティアでその活動をしているのに、そんな言われ方をするなんてひどすぎる!」と、まるで、自分のすべてを否定されたかのように解釈して、激怒してしまいました。

林健太郎『否定しない習慣』(フォレスト出版)

そして、結局、「この団体はヒドイ」というようなことを周りに言いふらして、そのまま後任者を決めることも投げ出して去っていったのです。

言うまでもなく、事務局長には、Aさんを個人攻撃するつもりなんて、1ミリもありませんでした。事務局長としては、勉強会の円滑な運営が滞ってしまうことを懸念し、また、立候補者が今の段階では司会進行役を務めることは難しいと想定され、ご本人も苦しい思いをするのではないかと心配して、あえて口を挟んだのです。

しかし、結果は、誤解を生み、後味の悪いお別れになってしまいました。このように「否定」は、まったく悪気がなくても、伝え方ひとつで、相手を激怒させてしまうことがあるのです。

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