開業直後で医師会からの情報が届いていなかった

それか! あの、曰く言い難い独特な皮疹は以前に診た麻疹のそれだ。ぼくは部長先生にお礼を述べて、その女の子と母親を隔離診察室へ入れた。現在だったら麻疹はPCRで診断をつけることの方が多いかもしれないが、このときぼくは、採血で麻疹ウイルスに対する抗体価を調べた。お母さんには麻疹に特別な治療法はないことを説明して自宅安静をお願いした。なお、コプリック斑という麻疹に特徴的な頬の粘膜の所見はなかった。

それから3日して親子が再診。検査センターからは採血の結果が戻ってきており、やはり診断は麻疹だった。この時点で女の子はすでに快方に向かっていた。1歳のときに麻疹ワクチンを打ったので、ある程度免疫があったようだ。

結局この年のこの時期、日本全国で麻疹が流行した。厚生労働省は、1歳のときの1回の麻疹ワクチンでは麻疹の流行を抑えられないと判断し、年長さんにも2回目のワクチンを打つように制度を変更した。

万能の医者はいない

開業すると不可欠とも言えるのが医師会への加入だ。RリースのGさんの勧めもあり既に加入手続きを済ませていたが、この開業初日はまだ医師会からいろいろな医療情報が届いていなかった。その後(から現在に至るまで)、医師会から毎週のように医療情報がファックスで届く。麻疹は1例でも発生すればすぐに医療機関に周知されるので、今なら麻疹の判断に迷うことはないだろう。

しかしこのとき、麻疹の院内感染が起こらなくて本当によかった。もしそんなことになっていたら、クリニックは出足からつまずいていただろう。それを考えるとゾッとする。

開業当初、こうして分からないことを専門の先生に電話で質問することが何度かあった。万能の医者はいない。無知の知は大事である。そして謙虚に先達に頭を下げて教えを乞うことも大事である。

風邪の中に紛れ込む喘息の患者

驚いたといえば、喘息の子どもが多いことに驚いた。「うちの子、風邪なんです」と言って受診する子の中に相当数の喘息の子が交じっていた。「今まで喘息とお医者さんに言われたことはありませんか?」と尋ねても、ほぼ全員が「ありません」と答える。この地域では喘息が見逃されていたのだろうか? 毎日数人の子に喘息の診断をつけた。

喘息の発作を起こしている子に対して行う処置は、インタール(アレルギー止め)・ベネトリン(気管支拡張剤)液を含んだネブライザーである。ネブライザーとは、薬液を霧状にして気管支や肺の中に送る医療機器だ。毎日何人もの子にネブライザーを行い、梅雨に入ると廊下にネブライザー渋滞ができた。

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