小児科医が聴診器を胸に当てる理由

幸いなことに、ぼくはスタッフ採用のときに、千葉県こども病院の喘息病棟で働いていた看護師さんを雇っていた。彼女がてきぱきとネブライザーの処置を進めてくれて、乳児には痰の吸引もしてくれたので本当に助かった。いい人を雇ったものである。

喘息とはアレルギーによる気管支粘膜の慢性炎症である。発作性に起きる気道狭窄きょうさくによって呼気性(息を吐くとき)の喘鳴ぜんめい(ゼーゼー・ヒューヒュー)で呼吸困難をくり返す疾患だ。従って診断は聴診器一本でつける。

ぼくは咳をしている子が受診するたびに、これって風邪? それとも喘息? と思いながら診察していた。小児科医が聴診器を子どもの胸に当てるのは、風邪と喘息を見分けるためなんだなと思った。それくらい、開業当時は喘息のお子さんが多かった。

患者にどさっと薬を出す医者はいい医者か

それとは逆に軽症の子が多いことにも驚いた。普通の風邪の子が受診する分には何も困らない。鼻水と咳があって、38度くらいの熱がある。こういうお子さんを聴診して胸の音がきれいであれば、感冒薬と解熱剤を処方し、「家でよく休んでください。無理しちゃダメだよ」と説明して終わりになる。

ところが、「うちの子、朝に1回くしゃみをしたんです。早めに診てもらおうと思って」と言って来られると、言葉に窮する。「今はどうですか?」と尋ねても「何もありません」との答えが返ってくる。本音としては「じゃあ、家でのんびりしていたらどうですか?」と言いたいところなのだが、それでは診療が30秒で終わってしまう。

聞くところによると、開業医によっては「風邪っぽい」患者がくると、鼻水止め・痰切り・咳止め・気管支拡張剤を患者の症状に関係なく、どさっと出す先生がいるらしい(その後、実際、そういうお薬手帳の記載を何度も見た)。しかしぼくにはいくらなんでもそういうことはできない。不要な薬は飲むべきではない。特に小児の場合はそうだ。

どさっと薬を出す人
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最小限の薬と長い説明こそがいい医者

風邪とは何かとか、風邪にとって風邪薬の意味は何かとか、早めに薬を飲んで何がいいのかとか、そんなことについて時間をかけて説明していくと、結局普通の風邪の子の診察よりも3倍くらい時間がかかる。で、結局薬は処方しない。

こういうとき、お母さんはどう思うのだろうか? 「せっかく早めの受診と思って来たのに薬も出さないで!」と不快に思っているのだろうか。でもぼくは敢えて言いたい。処方する薬が少ないほど、説明が長いほど、それはいい医者であると。