「アルコール飲料が欠かせない」という刷り込み

仕事の後、家に帰ったら、まずビールをぐびぐび。休みの日に友人と集まったら、ビールで乾杯。素敵な女性とデートなら、ワイン。両親と久しぶりに会ったなら、思い出を語りつつ日本酒……。考えられるありとあらゆる日常のコミュニケーションの場に、アルコール飲料が必要だと感じさせるような「刷り込み」が行われています。

これらのコマーシャルの狙いは、視聴者の認知を歪めることです。〈情緒的理由付け〉によって、アルコール飲料のような依存性の強い商品の中毒者を増やしたい、ということでしょう。

テレビ局にしてみれば、視聴者の健康なんて本当はどうでもいいのだとしか思えません。〈情緒的理由付け〉とは、「理性的判断」よりも「感情的な反応」を優先してしまう状態を指します。感情的な反応は実際の状況とリンクしているものと考えてしまいます。しかし、そうとは限らないのです。つまり、アルコール飲料のコマーシャルが「日常のあらゆるコミュニケーションの場」を舞台に作られているのには、はっきりした理由があるのです。

仕事の後、家に帰ったら――まずビールをぐびぐび飲む(と気持ちいい)。休みの日に友人と集まったら――ビールで乾杯(したら楽しい)。素敵な女性とデートなら――ワインを開けたら(会話が弾むような気がする)。両親と久しぶりに会ったなら――日本酒をさしつさされつ思い出を振り返れば(笑顔になる)。じつは、どのシチュエーションでも、本当はアルコール飲料など必要ありません。

仕事を終えて家に帰ればホッとするでしょうし、休みの日に友人と集まったら楽しいに決まっているからです。にもかかわらず、テレビで繰り返し、繰り返し放映されるコマーシャルによる〈情緒的理由付け〉の刷り込みを受けた人々は、「その場」には、「アルコール飲料が欠かせない」という感情に流されてしまうように、洗脳されてしまうのです。

写真=iStock.com/Yuzuru Gima
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テレビの「お客さん」は視聴者ではなくスポンサー

テレビのコマーシャルを観てアルコール依存の人が増えても、あるいはアルコール依存になってせっかく治療を受けてやめることができたのに、また飲むようになってしまう被害者が出ても、テレビ局の皆さんは、スポンサーの売り上げが増えるからいいと考える確信犯なのでしょう。

スポンサーの売り上げが伸びれば、当然、広告収入も増えます。同じように、テレビのコマーシャルの悪影響を受けた子供のゲーム依存、スマホ依存はものすごい勢いで増えていますが、テレビ業界で広告を自粛(せめて自制的にコントロール)する動きはまったく見られません。

結局、テレビにとって「お客さん」とは、広告枠を買うスポンサー各社であり、視聴者ではないのです。テレビのコマーシャルは、アルコール、ゲームなど、依存症を生み出し、購買意欲を促すものが多く見られます。東日本大震災や安倍元総理の殺害直後のときには、ACジャパンの意見広告ばかりが流れたご記憶があると思います。あれは、スポンサー企業がコマーシャルの放映を自粛したためです。

ほとんどすべての視聴者がネガティブな気持ちを感じている状況では、購買意欲をそそる〈情緒的理由付け〉が難しくなるからだったのかもしれません。