海外で本当の和食が食べられないワケ

このように肉料理には不向きな軟水ではあるが、それを補って余りある優れた特性を持つ。それは、和食出汁の基本の一つである昆布の旨味成分グルタミン酸を効果的に抽出できることだ。

グルタミン酸は、乾燥昆布に浸み込んだ水によって抽出される。しかし、硬水では、特にカルシウムが昆布のぬめり成分であるアルギン酸と結合して昆布の表面に皮膜を作り、十分にグルタミン酸が抽出されなくなってしまうのだ。図表1に示すように、京都の水はカルシウムの少ない軟水であり、市内の井戸水には超軟水も多い。だからこそ、この地が昆布出汁を基本とした和食の中心地として君臨しているのだ。

そんな京都の料理屋さんが、比較的硬度の高い水が多い関東地方や海外に支店を出すと、なかなか本店の味が出せないという話はよく聞く。結局は京都の本店から水を運んだり、軟水のミネラルウォーターを取り寄せて料理に使うこともあるそうだ。

日本の川は川ではなく、滝

ではなぜ日本の水は軟水で、フランスの水は硬水なのか? その原因は地形と地質にある。

「これは川ではない。滝だ!」。

近代化を推し進める明治政府に招聘しょうへいされて来日したオランダ人土木技師のヨハニス・デ・レイケ(1842―1913)が、富山県の常願寺川を見てこう発した。この言葉は、ヨーロッパと比べて日本の河川がいかに急流かを端的に表す。実は最近、この名言は同じオランダ人のローウェンホルスト・ムルデル(1848―1901)が、常願寺川よりやや東にある早月川を視察した時のものだとする新説が発表された。

ともあれ、ヨーロッパの広い平原を流れるセーヌ川やライン川と比べると、圧倒的に日本の河川は急流である。地理用語では「河川勾配」と呼ばれるのだが、源流から河口までの高低差と距離を比較すると、セーヌ川は約700kmかけて400m下る(平均斜度0.03度)のに対して、例えば国内最長の信濃川(千曲川)は、標高2000mを超える地点からわずか370kmで流れ下る(同、0.3度)。立山に源を発し富山湾へと注ぐ常願寺川に至っては、わずか56kmで2400m以上の落差がある(同、2.5度)。まさに滝である。

川の水や、それが地下へ浸み込んだ伏流水(地下水)は、流れるうちに土中の成分を溶かし込む。例えば、ヨーロッパ平原の中にあるパリ盆地の伏流水は、おおよそ数十万年という長期間盆地内に滞留しているために、多くの成分を溶かし込む。

しかもパリ盆地周辺は、「超大陸パンゲア」の分裂によってできたテーチス海(古地中海)に堆積した石灰質の地層が広がる。石灰岩はカルシウムとマグネシウムが炭酸と結合した岩石で水に溶けやすい。だから地下水はこれらの成分が多く溶け込み、硬水となる。