給与や賞与カットにもかかわらず従業員満足度がアップ

実は、ANAHDが毎年実施する「従業員満足度調査」のスコアはコロナ禍に入った20年度・21年度と連続して前年超えとなった。給与や賞与のカットによって年収は約3割減ったにもかかわらずだ。これは、雇用を維持してくれたことへの社員からの感謝や忖度そんたくなのだろうか。

「より人間的に生活できるようになったのかもしれない」。こう話すのはANAHD副会長の平子裕志だ。コロナ禍を機に、離職する人は格段に増えた。リーマン・ショックなど過去の危機時とは比べものにならない水準だ。

ただ、働き方の柔軟性が一気に増した客室乗務員ではむしろ、離職率は低下しているという。従来は不規則な勤務体系なだけに、結婚や出産を機に退職する女性客室乗務員は少なくなかった。コロナ禍が生んだ新しい働き方なら、何とか好きな仕事を続けられる。そう思った客室乗務員は少なくない。

変化していくものが生き残る

平子は「コロナ禍をきっかけに社員がキャリアを真剣に考えるようになった」とも指摘する。それがゆえに離職者が増えたという見方もできるが、「自分の強みは何か。それを生かせる職場はどこか」と考える機会になったのは事実だろう。その結果、従来はあまり活発でなかったグループ会社間の転籍が増えた。制度を整えた21年度に300人ほどが希望を出し、22年4月に100人ほどの転籍が実現した。

「変化することへの後押しを会社がしてくれている」。岐阜に移住した岩橋はこう感じることが最近増えた。「強いものが生き残るのではなく、変化していくものが生き残る」。

高尾泰朗『ANA苦闘の1000日』(日経BP)

これはグループ内でことあるごとに引き合いに出される言葉だ。『進化論』を著したダーウィンの「適者生存」の概念にも通ずるが、「純民間」として2機のヘリコプターから事業を始め、国内線、そして国際線へと事業領域を広げてきたANAHDの根底にあり続けた考え方である。そこには、政府主導で立ち上げられ、常に「強者」であり続けたものの、戦後最大の経営破綻に帰結したライバル、JALへの強い対抗心がのぞく。

ただ、その競合の破綻後はANAHD自身が強者となり、変化を恐れる硬直化した組織となってしまっていた。社員が自らのキャリアを見つめ直し、その多様性に企業が対応することこそが「個人、そして会社のレジリエンス(復元力)につながる」と平子は話す。

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