生活リズムを整えやすくなった

遠距離通勤を認める制度をANA社内では「NCP」と呼ぶ。通常の働き方の場合、どのフライトに乗務するかは毎月末、翌月のスケジュールが発表されるまでは分からない。ただNCPの対象者は担当する路線があらかじめ決まっており、休暇の予定も半年先まで分かる。

岩橋が乗務するのは成田─メキシコシティ線だ。乗務する日はまず、中部空港から羽田までANA便で向かう。短距離路線で新幹線が強い区間のため1日1便しかないが、便は早朝に設定されている。羽田からバスに乗り継いでも昼前には成田に到着する。成田を出発するのは夕方。それまでに必要な打ち合わせや業務を済ませられる。

13時間ほどのフライトをこなした後、現地に丸1日と数時間ほど滞在し、復路に乗務する。再び成田に戻ってくるのは勤務開始から4日目の早朝。そこから休憩したり、残務をこなしたりして、羽田を夕方に出発する中部空港便に乗って自宅に戻る。1回の国際線勤務は丸4日間となる。

「5割勤務」であれば、月の乗務回数は長距離国際線の場合2往復。月に8日働けば、与えられた職務は全うできることになる。1日1便しか羽田行きの便がない中部空港周辺に住むと、路線によっては前泊や後泊の必要性が出てしまうが、4日に収められるメキシコシティ線が岩橋の目指すライフスタイルにぴったり合っていた。

第1子は小学生に上がり、家族のバックアップも手厚いため、子育てに余裕が生まれ始めた。岩橋は空いた時間を使って「副業」も始めた。

国際線の乗務経験が豊かなだけに、英語は得意。そこで毎週土曜に英語教室を開いている。抱える生徒は20人ほど。直前の月末までスケジュールが分からない従来の働き方とは違い、NCPであれば長期的な予定が分かる。どうしても土曜に勤務しなければならない場合は教室の休みを早くから保護者に伝えられるし、有給休暇を使って土曜勤務を回避することもできる。シフト制で、時差のある海外に滞在する機会も多い客室乗務員は、つい曜日感覚を失いがち。岩橋は毎週土曜の副業があるおかげで「生活リズムを整えやすくなった」と話す。

人件費抑制の手段を逆手にとって「働き方改革」に着手

ANAHDはコロナ禍を機に、働き方に柔軟性を持たせる施策を相次いで打ち出した。

勤務日数や勤務地を自由に選べる客室乗務員向けの制度はその一つにすぎない。地方に拠点を持つグループ会社への転籍を通して居住地を選べる制度を導入。このほか、最大2年間の理由を問わない無給休暇制度を始めるなどしている。

航空需要が依然としてコロナ禍前の水準には戻らない中、こうした施策を人件費抑制の手段として機能させているのは確かだ。ただ、必ずしもそれだけが目的ではない。